〜ジーナとジョニー〜

　　ジーナは二○一二年、ジョージア州にあるディカーブ郡アニマルサービスという

　動物シェルターに保護されました。生後四ケ月くらいでした。ひどいネグレクトを

　受けて保護された当時のジーナは、体重がわずか一・八キログラム程度。まるでミ

　イラのように骨と皮だけの体で、私有地に捨てられていました。ジーナを助けた動

　物シェルターのスタッフは、あまりにひどいその姿にたじろいだくらいでした。

　　動物シェルターのコーディネーターであるクリッシー・カジンスキーは言います。

　「これまで十二年くらい動物保護の活動をしてきましたが、こんなに小さな子犬が

　こんなにひどい状態でいるのを見たことがありませんでした」

　　　　　　　　　○

　　グラントとリンダのヒッキー夫妻は、ジョージア州最大の都市であるアトランタ

　市から北東に四十キロメートルほどの場所にある、ジョンズ・クリークという町で

　暮らしています。ジーナの窮地をニュースで知り、リンダは心が奪われました。ひ

　どい状態だったジーナは生き延びることができたのだろうかと、動物シェルターの

　フェイスブック・ページにアクセスして情報を追っていました。

　　　　　　　　　○

　　ヒッキー家には、二人の息子と二匹の犬がいます。八歳の次男ジョニーは、自閉

　症スペクトラムです。パパとママ、そしてお兄ちゃんのことは大好きだけれど、自

　分をうまく表現できないので、これまでの八年間、いつも自分の殻に閉じこもって

　いました。誰が話しかけても、あまり言葉を発したがらない子でした。

　　ジョニーは、あまり慣れていない状況になると、ひどい恐怖に陥るか、かんしゃ

　くを起こすか、その両方になっていました。そういうこともあり、学校から帰って

　くるといつも自分の部屋にこもり、ひとりで黙々とビー玉などで遊んでいました。

　　こうしたジョニーの日常がすっかりと変わってしまう出来事が起こりました。二

　○一三年二月、ジーナを引き取るトライアルを行う初日のことです。このトライア

　ルは、犬と里親、お互いの相性を見極めるために行います。リンダはジョニーを学

　校に迎えに行く際に、ミニバンにジーナを乗せて行きました。ジーナの姿を見つけ

　ると、ジョニーの顔がバッと明るくなりました。そしてとろけるような笑顔になる

　と、ジーナとあっという間に仲良しになりました。ジーナも初対面のジョニーにす

　ぐになつき、ジョニーの膝の上に座ったくらいでした。ジョニーは、他人との距離

　が近くなりすぎるのを嫌がる傾向があったのですが、ジーナなら、体重が二十キロ

　グラム近くあるにもかかわらず、寄りかかって来てもまったく気にしません。

　　ジーナと一緒にいるときのジョニーは、歌を歌ったりジーナにキスをしたり、本

　当に楽しそうです。これまで黙ってひとりで過ごすことが多かったジョニーの姿を

　知る人にとっては、まさに奇跡を見ているようです。

　「今やジョニーはおしゃべり坊やですよ」と、リンダは嬉しそうに話します。「こ

　れまでの八年間で、こんなに幸せそうなジョニーの姿は見たことがありません」。

　こうして、生まれてからずっと誰にも心を開かなかったジョニーの心を、ジーナは

　あっという間に開いてしまいました。

　　ヒッキー家にいる他の二匹の犬は、どちらもジーナのようにジョニーの心を開く

　ことはできませんでした。今、ジョニーは三匹の犬たちのご飯を用意する係まで買

　って出ています。父グラントによると、つねに不安感があったジョニーが食べ物を

　触るなんて信じられないほどの変わりぶりだということです。

　　また、こんなエピソードもありました。ある日、リンダはジョニーを行き慣れた

　美容院に連れて行きました。しかしジョニーは恐怖心でいっぱいになってしまい、

　髪を切ってもらうことができませんでした。そこで、リンダは翌日、美容院へのお

　出かけを家族の一大イベントにして、ジーナを含む家族全員で昨日と同じ美容院に

　行きました。グラントがジョニーと美容院の中に付き添い、リンダは外でジーナと

　一緒に待つことにしました。リンダはジーナの前脚を持ってジョニーに向かって手

　を振り、ジョニーを安心させました。こうすることで、無事に髪を切ることができ

　ました。

　　　　　　　　　○

　　二○一三年、自閉症啓発月間と動物虐待防止月間がともに四月にあったため、リ

　ンダはジーナとジョニーが出演するユーチューブのビデオを作りました。そこでジ

　ョニーは、

　「僕のジーナは、ひどい人たちに虐待されていました。そして僕は自閉症です。だ

　から僕たちは、動物にやさしくすることや、僕みたいな子供たちにやさしくするこ

　とを、世の中に広めるための最高のチームだと思います」

　　と、しっかりとした口調でアピールしていました。

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　いい話だったので、書き留めておく。テンプル・グランディンは、「自閉症は、人間と動物

の中間にある駅のようなものだ」（『動物感覚』）と言っている。

　不安が強い自閉っ子のジョニー心を、ジーナは出会った一瞬にして開くことができたと言う。

　ジーナが虐待を受けていたことが、その理由であるかどうかはわからないと言う他はない。自

閉っ子と動物の関係が、一瞬にしてできてしまうことは、普通にありえるエピソードだからだ。

　だが、ヒッキー家にいる他の二匹の犬は、ジョニーと親密な関係を作ることはなかったと言

う。それを考えると、ジーナとジョニーに間には、何らかの＜深い結びつき＞が一瞬にして成立

したのだと考えることもできる。

　いずれにしても、＜やさしく不思議な＞謎だと言うほかはない。

　あるいは、そんなに不思議なことだと考えなくてもいいのかもしれない。

　定型の人間でも、初めて会った人と、瞬間的に恋に陥ることは起こり得る。

　ふたりが惹きつけられることに、合理的な理由などない。

　その状態と似ていると言えるかもしれない。

　「動物・自閉症・人間」は、存在の深いところで、つながっているのだ。

（この項、了）