〜石黒浩という人〜

　釈　…この前お会いした人なんか、すごい変人でしたよ。大阪大学の石黒浩さんな

　んですが。

　内田　あ、ロボットの人。

　釈　はい、アンドロイドの研究者。世界の天才百人に選ばれた鬼才です。我々の友

　人である大阪大学の仲野徹先生に「この前、石黒先生と対談したんですよ」って話

　したら、「えっ、それはタイヘンだったでしょ」といわれました。実際、タイヘン

　でした。だって、こちらの話をまったく聞かないんですから（笑）。

　　しかも、話が盛り上がってくると、私が住職をしている如来寺の御本尊をアンド

　ロイドにさせてくれって言い出すんですよ。何回もお断わりするのですが、なかな

　かあきらめないんです。本気なんです。

　内田　本尊をアンドロイドにしたい……って、どういうことなんですか？

　釈　アンドロイドの阿弥陀如来をつくって、動かしたいっていう。

　内田　いまの阿弥陀如来はちょっと引退してもらって。動くやつを自分がつくるか

　ら、と。

　釈　本気で思っているんですよ！

　内田　動く阿弥陀如来をご本尊にして、何をしようっていうんですか！

　釈　そうしたら、もっと人が集まるというんです。

　内田　それは集まりますよ。集まるけど、意味が違うでしょう（笑）。

　釈　その対談の中で、夫婦喧嘩の話になったんです。石黒先生はどんな夫婦喧嘩を

　するかというと、「女房にしゃべらせるだけしゃべらせる。それで一通り終わった

　ところで、女房がしゃべった言葉をホワイトボードに全部書いて、論破するんです」。

　「ほぉ〜、それでうまくおさまりますか？」、「いや、さらに女房は激怒します」

　って（笑）。

　内田　愉快な人ですねえ。

　釈　ちなみに自分とそっくりのアンドロイドをつくっているんです。４０歳くらい

　のときに。

　内田　自分のアンドロイド？

　釈　もうそっくりなんですよ、石黒先生に。それで、講演がバッティングしたとき

　は、一方を自分が行って、一方はアンドロイドに行かせる。

　内田　え！　音声を仕込んであるんですか。

　釈　いや、アンドロイドは遠隔操作で自分がしゃべる。質疑応答も遠隔操作でご本

　人がやるんです。そうすると、離れた二カ所での講演・質疑応答が可能です。見た

　目もまったく変わらないので、「僕が行っているのと一緒でしょ」っていってまし

　た。ちなみにその四〇歳でつくった自分のアンドロイドに似せて、ずっと「自分」

　を整形し続けているそうです。アンドロイドは変わりませんが、ご本人は加齢して

　いく。そうなると似なくなってくる。アンドロイドに自分を合わせているんです。

　内田　なんだかすごい人ですねえ。

　釈　ねっ、すごい変人でしょ（笑）。

　　　　　　　　　○

　石黒浩さんは、一度だけテレビで見たことがあるのだが、大変な天才なのだそうだ。僕には、

ああ、アスペルガータイプ（サヴァン）の人なんだな、と思えた。

　定型発達者は、こんな「夫婦喧嘩」はしない。奥さんが激怒するのはもっともだ。

　阿弥陀如来をロボットにしたら、人がもっと集まる、というのは、僕たちが感じている宗教と

は違っている。抽象的な思考が苦手なことを物語っている。

　自分そっくり（外見だけ）の「アンドロイド」を、講演の持っていけば、自分がいることと同

じ、というのもそうだ。僕たちは、「外見」だけで人間をとらえてはいない。内臓や＜魂＞を内

包した存在として、人間の＜深さ＞を感じている。

　たぶん、石黒さんは、そういうことを考えるのは苦手だと思う。

　石黒さんが、抽象的な思考ができないと言っているのではない。定型発達者と、思考の様式が

違うのだ。

　反対に、ロボットの研究者としては、とても向いていると言えると思う。

　石黒さんは、感情的な思考よりも、論理的な思考が得意な人だ。

　テレビに出ておられたとき、「自分に向いた分野に入ることができたアスペタイプの人だな」

と思った。いい研究をしていただければ、格別の不服はない。

　石黒さんは、テンプル・グランディンと話が合うだろうし、ミスター・スポックも共感しやす

いだろうと思う。

　奥さんは、きっと大変だろうなと、推察される。

（この項、了）