〜「注意欠陥才能」〜 自分はバカなんだと大まじめに言うのです。どうしてバカだって思うようになった のかとたずねてみますと、母も父もそう言いますから、と言います。そして、実際、 何をやってもまともにできたためしがないから、きっと両親の言うとおりにちがい ないという結論を出したようです。 カウンセリングとグループ療法、それに低用量のりタリンを組み合わせて治療を 行なったところ、現在の彼は、大学で週に一四コマの授業を履修し、成績は平均で 三・六です。そのかたわら、週に三〇時間もアルバイトをしています。ここまでき てやっと本人も、自分はバカじゃないのかもしれないと気づき始めているところで す。 この自尊心の低さ。「自分には価値などないんだ」という感覚。それだけでも、 未診断のＡＤＤが招く最大の悲劇のひとつだといえます。でも、それだけではあり ません。これは、成人のＡＤＤを見慣れていない臨床家が診断を謝る最大の原因で もあるのです。 ＡＤＤの患者で、双極性障害（躁欝病）と誤診されている人はたくさんいます。 ＡＤＤといってもタイプがいろいろありますが、中には、陽気ではしゃぎやすいタ イプというのがいくつかあるんです。そんなタイプの人たちが浮かれている姿は、 一見、ひどい多幸状態とまぎらわしい場合があります。その一方、彼らだって、実 生活はうまくいかないことだらけですから、しょっちゅう落ちこんでいるのも事実 です。こうして、落ちこんだかと思うとまた舞い上がって多動になるので、誤診さ れてしまうのです。 私どもの刑務所でも、こうして双極性障害と見間違えられる人が少なくありませ ん。彼らが落ちこむのは、まったくもっともなことです。「ドジをふんで」、人生 をめちゃくちゃにしたあげく、刑務所入りになったわけですから。だから刑務所に は、欝状態になっている人が多いのです。ところが彼らは、落ちこんでいないとき は、お調子者で、能天気で、騒がしくて、恐ろしくおしゃべりです。経験の浅い人 が診ると、異常な多幸状態に見えます。こうして彼らは、双極性障害というレッテ ルを貼られてしまうのです。 ○ マッカローン 私の診てきた患者さんの中には、実に工夫の才のある、魅力的な方 がたくさんいましたが、その中には、ＡＤＤの人たちも少なくありません。でも悲 しいことに、自分の賢さを信じようとしない人たちがたくさんいます。いや、信じ るという以前に、自分の知性に気づいていない人さえいます。そんな人たちは、Ａ ＤＤをうまく逆手にとって、持ち前の人柄のよさや芸術性、独創性を活かせば、み んなにだって好かれるよと言っても、どうしてもそれがわからないらしいのです。 刑務所で働いていて、本当に満たされる思いになるのは、患者にこう言うときで す。「自分の本当の姿がわかってくれば、もっと自分を好きになれますよ」ってね。 彼らは今まさに、世界の贈り物の包みを開けようとしているようなものです。これ から、自分はノロマでもでき損ないでもなく、怠け者でもバカでもなかったことに 気づいていくんですから。 彼らが本当のことに気づいていく、その過程に立ち会うことができるなんて、そ の喜びはとても言葉では表せませんよ。医療にたずさわってきて、これほど心の満 たされることは他にありません。 ○ マカローンは、アメリカの小児科医で、刑務所での診療も行っている。 ＡＤＤの人の、自尊心（自己評価）の低さは、その通りなのだろうと思う。 小さい時から、自分でも何をしてもうまくいかず、周囲から「バカ」だと言い続けられたら、 そりゃあ、自尊心（自己評価）など育つはずがない。 マカローンの見立てでは、刑務所の中にも、ＡＤＤの人はいて、他の障害と誤診され、発見さ れないままに、自分の才能に気づいていない人がいると言う。 僕も教師なので、かつては鑑別所に行った生徒もいたが、僕が見る限り、その子は発達障害タ イプだった。 自分の本当の姿、自分の価値を知り、もっと自分を好きになること。 残念なことだが、僕には、そこまで説得することができなかった。 マカローンがやっていることは、「注意欠陥障害」を「注意欠陥才能」へと、当事者自身 が変えていくことへの支援であり、いい仕事している人だな、と思う。 （この項、了） |