〜絵本の中の世界〜

　　自閉症者は人に関心がないとか、人の気持ちがわからないなどと言われますが、

　そうではないような気がします。

　　ある日、僕は急に母がいないのが気になり、家の中で母を探しました。母は二階

　にいたのですが、母が僕を探すことはあっても、何かしてほしいとき以外、僕が母

　を探すことはないので、母はびっくりしていました。

　　それまでは、僕が不安になって人を探すことなどありませんでした。僕はいつも、

　絵本のような自分だけの世界の中で生きていたからです。

　　自閉症者も人を思う優しい気持ちを持っていると思いますが、自分の見ている世

　界の登場人物が、自分ひとりだけなのです。まるで、絵本のページをめくるように

　毎日が過ぎていけば満足なのです。

　　母を心配した僕は、ようやく絵本の中から抜けだすことができたのでしょう。

　　すぐにみんなのようにはなれませんが、少しずつ、僕なりの物語を綴っていきた

　いです。

　　　　　　　　　　○

　東田直樹くんの感じ方で、正しいのではないだろうか。

　僕も、自閉症の生徒と接していて、人に関心がない、人の気持ちがわからない、とは思えな

い。昔の先生には、自閉症には、「心がない」「機械的な反応だけだ」と言う人もいたが、とん

でもない偏見だと思う。

　自閉症の子は、人を思う気持ちはあっても、その表現の様式が、定型の表現とは違うのだ。

　「自閉症者は、絵本の中で、自分ひとりだけが登場人物の世界で生きているようなもの

だ。」とは、なかなかうまい内側からの表現になっている。

　でも、それで終わりではない。

　やがて、東田直樹くんのように、＜現実の世界の物語＞の中に生きることができるようになる

可能性を、いつでも秘めている。

（この項、了）