〜「頭の上に見える」〜

　　「あのね、人の頭の上にもいろいろなものが見えちゃうの。」

　　また「ぽつり」と聖奈が言い出しました。

　　彼女は私と話をしている時に、自分の興味のないことや話の内容が分からなくな

　ってくると、自分の世界に逃げ込むクセがあります。そういう時の彼女はへラヘラ

　しているように見えるので、つい「態度か悪い！」と怒ってきました。すると、決

　してふざけているつもりではなく、人の頭の上にいろいろなものがくっついて見え

　てきてしまい、それぞれがおしゃべりをはじめるので、それがおかしくてたまらな

　い、と言うのです。

　　ずいぶん前になりますが、彼女がハマったコマーシャルがありました。金髪の少

　年が消臭芳香剤を頭にのせて楽しそうに歌って踊るＣＭ。これを見た時、自分のお

　でこのムズムズ感と同じだ！　と思ったそうです。

　　それ以来、人の頭の上にいろいろのせて、こっそり楽しんでいるようです。会話

　から自分が外れそうになると、違うところで相手とつながろうとする、彼女なりの

　秘策なのだろうと思います。

　　それは彼女が人に興味があり、人に親しみをもっているという証でもあるのです

　が、時と場所をわきまえないと相手の怒りを買うことになります。このことでずい

　ぶんヒヤヒヤしましたし、実際にトラブルにもなりました。母が火を吹く大きな原

　因の一つだったのは確かです。

　　今でこそ、人様の様子を察して気を悪くさせるようなことはなくなりましたが、

　頭の上に何かしらのせて見るクセは変わっていません。

　　たまにコソっと聞いてみることにしています。

　　「○○さんの頭の上には何が見えてるの？」

　　「○○線○○系のパンタグラフ」

　　母にもやっと分かるようになったかと、満面の笑顔。

　　老眼が進んだせいか何となく見えそうな気がする。

　　　　　　　○

　目の前の人の「頭の上」に、パンタグラフがのっているのが「見えた」ら、そりゃあ楽しいだ

ろう。

　自閉症者の「空想癖」のひとつなのだろうが、それにしても、人の頭の上に、いろんなものが

「見える」とは！　聖奈さんの話を聞いている限りでは、相当、鮮明にいろんなものが見えるよ

うだ。人に、色が「見える」という人の話は聞いたことがあるが、頭の上に「物」が見えるとい

うのは、初めてだ。

　聖奈さんからすれば、訳のわからない話を続けないといけないと思っているわけだから、その

時間を「持たせる」ための、脳の「苦肉の策」なのかもしれない。それがわからない人から見れ

ば、真面目に話しているのに、突然笑い出されて面白ない、ということになるだろう。

　　　　　　　○

　どうして、この話を引用しておこうと思ったのかと言えば、言葉を話せない自閉っ子でも、突

然、笑い出す子がいるからだ。

　そんな時、ひょっとしたら、この子には、僕には見えていない、何か違う物が見えているので

はないか？　と感じることがある。それは、確認の取りようがないことなのだが、聖奈さんのよ

うに、鮮明な、楽しい何かが見えているのかもしれない。

（この項、了）