〜「電車の顔」〜

　　住まいの近くに車両基地があること、上野駅１３番線ホームまで歩いて行けるこ

　と、部屋から電車の架線がみえること、あるいは鉄道がよくみえる絶景ポイントに

　近いことなど、興味のない人には引かれるようなことを条件に引っ越しをしてきた

　母娘ですが、２００９年、２２歳の春に引っ越したマンションの部屋は東横線の高

　架線がずば抜けてよく見える所でした。

　　やがて、彼女は朝起きて決まった時間にソワソワ、窓のカーテンを開けたり閉め

　たり。彼女の大好きな日比谷線直通電車がいつ通るか、頭の中に正確に記憶されて

　いき、生活の中心に電車の運行が刻みこまれました。

　　その頃です、「電車には人格があって、私は電車の気持ちが分かる」　なんて言

　い出したのは。「車相」、いわゆる電車の顔を愛する人は結構多いのではないでし

　ょうか？

　　なかでも「カワイイ」のは日比谷線直通用の東急１０００系！　「年齢」も彼女

　に近く、前照灯はほっペのよう。この車両にはずいぶんトキめいたようです。お気

　に入りの車両に乗るときは携帯電話を使って、今乗っている車両と、対話を楽しみ

　ながら電車とデートしています。

　　ところが、２０１３年の春、東横線と副都心線との直通運転がはじまり、日比谷

　線の相互東リ入れが廃止されることになってしまいました。

　　１０００系はどうなるの？　どこに行っちゃうの？？

　　３月１５日を最後に、１０００系は東横線から姿を消すことになり、引退を前に、

　雨の日でも雪の日でも写真を撮りに出かけました。写真を撮った後、車両から降り

　た後、電車に最敬礼する彼女。涙目で…。

　　さめざめと泣きながらも迎えた３月１６日、１０００系が走らない高架線をずっ

　と見つめていました。

　　　　　　　　○

　「電車」が好きな自閉の子は多い。

　僕が知っている子にもいたし、（確か）『ありがとう、ヘンリー』に出て来る自閉っ子の少年

は、「機関車トーマス」が大好きだった。

　聖奈さんも、例外ではない。

　電車には、人格があり、電車の気持ちがわかると言う。

　引退する電車には、敬礼をして、涙目になっていたと言う。

　聖奈さんは、トイレの便器が「顔」に見えるくらいだから、物の形が「顔」に見えやすいのだ

ろう。

　電車の場合は、「顔」（表情）が変わらないから、気持ちが読み取りやすいのではないだろう

か。

　人間の場合、表情が、刻々と変化していくから、自閉っ子にとっては、気持ちを読み取るのが

難しいし、不安になってしまうのだろう。だから、人間よりも、「電車」の方が、相性が良くな

るのだろう。　

（この項、了）