〜クルッと回る〜

　　彼女は一貫してヒラヒラするものやグルグルまわることが好きです。最近のお気

　に入りは、海草や藻のヒラヒラ、イルカのひれのまね、そしてメリーゴーランドや、

　過激なジェットコースターなどなど。

　　何より、今でも本人が家の中でグルッとまわるのです。例えば、台所へ行くとき、

　トイレに行くとき、そのドアの角で立ち止まり、グルッと一回転してそちらの方向

　へ進むのです。

　　不思議だ、どうしてまわるのだろう？　もちろん、グレーゾーンをもっ人の表現

　の一つとして、手をヒラヒラしたり、まわったり、飛び跳ねたり…、という常同運

　動があることは理解しています。でも、日常、あまりにもサラリとやっていること

　なので、ちょっと声をかけてみたくなりました。

　「ねぇねぇ、そう言えば、今でもまわってるよね。」

　「え？　そぉ？」

　　そうなんだ、本人は無意識のうちに身体のリズムを楽しんでいるらしい。

　「ずうっと気になってたんだけど、どうしてまわるの？」

　　すると、今まで不思議ゾーンだったことの答えが返ってきました。　

　「角を曲がるとき、イイ空気の方向に一回転すると、気持ちが落ち着くんだよ。」

　「イイ空気…？」

　「そう、イイ空気とワルイ空気。身体が勝手にまわるの。」

　「右まわりとか、左まわりとか、まわり方ってあるの？」

　「関係ないんだ。イイ方向にまわるだけ。お母さんもやってみたら？　イライラが

　止まるよ。」

　「なるほど…」

　　私なら一回転している間に何をしに行ったか忘れてしまいそうな気もするけど、

　イライラが止まるなら、試しにやってみるか。

　　あ〜あ、あの頃はあんなに心配していたことなのに…。

　　　　　　　　○

　確かに、自閉症児は、手をヒラヒラさせたり、クルクル回るのが好きだ。クルクル回っても目

が回らない。

　「イルカのヒレ」の真似は、面白いと思った。

　聖奈ちゃんは、ドアの前などで、クルッと一回転して、進むのが好きだと言う。

　理由は、角をまがるときに、イイ空気の方に一回転すると、気持が落ち着く。

　そして、方向は関係なく、「イイ空気」「ヨルイ空気」の方向を感じる、と。

　「外側」から見たら、変わった「こだわり」ということになるだろうが、本人には、いたって

正当な理由があるわけだ。

　角で、一回転するくらいなら、特に生活に支障はないので、問題ではないだろう。

　でも、記述を読んでいると、聖奈ちゃんはとても楽しそうだ。

　だがひょっとすると…、と僕は思う。

　ひょっとすると、本当は、こういう、ふとした瞬間に、「イイ空気」「ワルイ空気」を

感じる能力というのは、昔の人にもあったのではないだろうか？

　僕たちの方が、空気を読む能力を、不必要なものとして、失ってしまったのではないだろう

か。

（この項、了）