〜北斎「神奈川沖浪裏」〜

　　おにぎりを食すときからエリックの前には、葛飾北斎の富嶽三十六景のひとつ、

　神奈川沖の浪の絵が張ってある塩の箱を置く。テーブルにその彼の絵がないと、「

　ウェーブ、ウェーブ」とうるさい。北斎の大波の動きがエリックの目に異様に映っ

　たのだろう。と思う。

　　私はカードの専門店に行って同じ浮世絵のカードを員ってきてあげると、エリッ

　クは塩の箱とカードを食卓に並べ、うっとりと眺めながら塩ふりかけめしを食べる

　ようになった。

　　　　　　　　○

　　野菜だけではない。庭のコンクリートの部分に四角い枠を見立て、さまざまな形

　や色のおもちゃを平面に並べるレリーフ。さまざまな形の落葉を集めて競合させる

　レリーフ。アイビーのグリーンの葉っぱに素材を統一し、大きさの順に敷石いっぱ

　いに並べたレリーフ。

　　作品を観賞したカウンセラーのマリアがマミーに言う。

　「エリックもジェニファーも色彩感覚がすばらしいんだけど、誰か身内にアーチス

　トがいるの？」

　　マリアは家族を励まし希望を抱かせる天才だ。子どもがすばらしい可能性を持っ

　ていると思わせてくれる。

　「身内ではないけど、エリックは北斎にすんごい刺激を受けて育っているわ」

　　エリックが描いた北斎ばりの波の絵は、波に人の顔がおどる擬人画だった。

　　　　　　　　○

　自閉っ子エリックは、色彩感覚が素晴らしいと言う。

　自閉症者には、普通に起こるえることだ。

　自閉症者にとっては、色彩は、世界を了解する方法のひとつなのだ。

　もうひとつ、エリックは、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」が、とても好きだ。

　エリックの才能は、興味深いのだが、ここでは、北斎の「神奈川沖浪裏」の部分だけを引用し

ておく。

　まずは、本家本元の「富嶽三十六景」から「神奈川沖浪裏」。

　そして、エリックが、それに影響されて描いた絵がこれ。

　影響されているということがよくわかる絵だ。

　エリックにとって、「浪」が、人の顔に見えているのだろうか。

　エリックの中で、北斎の絵がどんな風に見えているのか。

　興味が尽きない。

　エリックが語ってくれないものだろうか。

（この項、了）