〜聴覚過敏と超能力〜

　　ウルフーは小六で、ウッシーヤは幼稚園に通っていました。テレビ中継のブラス

　バンドの応援や大観衆の歓声で賑やかな実況中継を見ているさなか、急にウルフー

　が顔を上げ聞き耳を立てました。そして、すぐさまウッシーヤに命じました。

　「おい、お母さんが帰ってきたから門、開けろ」

　　６歳上の強いお兄ちゃんの言うことですから、ふだんゆっくりのウッシーヤもす

　ぐさま席を立ちました。思春期以降は、動きがさらにスローになって、なかなか動

　いてくれなくなったウッシーヤですが、幼いころはまだ、言いつけどおり動いてく

　れたのです。家の門をせっせと開けるウッシーヤを見ながら、私は不思議に思いま

　した。なぜなら、私の耳には妻ワッシーナの運転する車の音はぜんぜん聞こえなか

　ったのですから。そうこうするうちに門を開ける作業が終わり、ウッシーヤは門の

　側で待っています。私は、ますます不審に思いました。

　（いくらなんでも音もなく、車が来るはずはない。なのに、ウッシーヤは少しも疑

　っている様子がない。変だ）

　　やや間があって、ワッシーナの運転する車が門の前に到着したので、私は本当に、

　びっくりしてしまいました。しかも、ウルフーがほとんど毎回、母親の到着を言い

　当てていたのを知り、ますます驚いてしまいました。そのときは「もしかしたらウ

　ルフーは、超能力があるのでは？」とさえ思いました。

　　ずっと疑問に思っていた私は、後日、高校生になったウルフーに聞いてみました。

　「あのときは、どうしてお母さんの運転する車が着いたことがわかったんだ？」

　「エンジン音と、路地を曲がるときのタイヤやサスペンションのきしむ音とで、お

　母さんの運転する車が分かるよ」

　　ウルフーは、さも当然という顔で答えたので、私はあ然としてしまいました。彼

　の言う路地は、わが家から直線距離でも２０〜３０メートル以上離れています。ウ

　ルフーは、テレビの音もうるさく、外を行き交うたくさんの車の中から、しかも遠

　くから聞こえるかすかなエンジンやサスペンションの音を、瞬時に聞き分けていた

　ことになります。

　　　　　　　○

　「聴覚過敏」についての記述というのは、掃除機の音がダメ、救急車のサイレンがダメ、とか

生活に不便な場合の記述が多い。

　だが、このエピソードは、「聴覚過敏」の驚異的な能力について書かれていて、とても楽しい

文章だと思う。もちろん、当人のウルフーは、困っていることも多いと思うのだが、こういう楽

しいエピソードも、書き留めておくべきだと思う。

　面白かったのは、平岡禎之さんが、ウルフー（子供の相性）には「超能力があるんじゃない

か」と、真剣に驚いているところだ。

　僕は、犬の本も好きなので、よく読むのだが、犬の飼い主の中には、「犬には超能力がある」

と考えている人もいるらしい。

　理由のひとつは、犬は、ご主人が帰ってくることを、事前に察知することができる、というも

のなのだが、ウルフーのこのエピソードと、よく似ていると思う。

　ウルフーの驚異的な「聴覚」のために、平岡さんは、「超能力があるんじゃないか」と感じら

れている。

　これがありえるのだから「犬に超能力がある」と感じる人がいるのも、無理はないと思った。

（この項、了）