〜扇風機と共感覚〜

　　わが家の火星人たちには全員「共感覚」がありますが、なかでも妻ワッシーナは、

　最も強烈な共感覚の持ち主です。たとえば、ワッシーナは扇風機が大の苦手。あの

　「ブーン」という風切り音とモーター音を、ものすごく嫌います。

　「扇風機にスイッチを入れると、土偶がぞろぞろ出てきてわたしの周りを走って、

　じろじろ嫌な目つきで見るのよ。もう、気持ち悪いでしょ」

　　新婚当初、風呂上がりなどに私がうっかり扇風機のスイッチを入れると「ヤメテ

　ー！」と叫んで耳をふさぐことがありました。このように、特定の音や色や形、手

　触りに対する独特の感じ方がストレスになり、ときにパニックに繋がりかねないこ

　とが、彼女たちにとっては大問題なのです。私は、うちの火星人たちの生きづらさ

　を長い間理解せず、本当に申し訳なかったと今では深く反省しています。今は、ワ

　ッシーナの前では扇風機を使わないように、心がけています。

　　その後、ワッシーナはこの特性に「共感覚」という名前が付いていることを、偶

　然見たテレビ番組で初めて知り、号泣したといいます。誰にも理解してもらえず自

　分だけの特異な感覚だと思っていた特性にはきちんと名称があって、研究もされて

　いて、なにより、自分以外にこの感覚を持つ人間がいることを知って「私も本当に

　生きていていいんだ」と思ったといいます。それまでは、この不思議な自分自身の

　感覚のことを、私も含めた周囲に、決してバレないようひた隠しにしていたのだそ

　うです。

　「結婚してからも、ずっと言えなかった。だって、子どものころからずっと、自分

　の感じ方の話をすると『頭がおかしい』とか『変だ』とか言われ続けていたから。

　もし、あなたに知られたら、もう生きていけないと思っていたのよ」

　　ワッシーナが初めて、私に自分の共感覚を表現したのは、ある言葉に感動して、

　我を忘れてしまったときのことでした。

　「山奥の水の澄んだ湖の底から、立体化した文字が、湖面にザバーンって姿を現す

　の。文字は、どんどん浮上して、水しぶきがザザザーッて、あがるわけ。それから、

　ぐんぐん目の前に迫ってきて、ババーンってそびえ立つのよ。わかる？」

　　　　　　　　○

　扇風機や掃除機などのモーター音が苦手な自閉症の子がいる。その子たちも、苦手な音が聞こ

えると、耳を塞いで、極端に嫌がる。

　ワッシーナさんの場合、その苦手な感覚が、共感覚となって五感を通して伝わってくるため

に、「扇風機にスイッチを入れると、土偶がぞろぞろ出てきてわたしの周りを走って、じ

ろじろ嫌な目つきで見るのよ。もう、気持ち悪いでしょ」ということになるのだろう。

　彼女には、本当にこういう風に感じられているし、本当に見えているのだ。

　確かに、とても嫌な感じだろう。

　それにしても、ワッシーナさんの共感覚は、とても視覚（映像）的だ。これは、自閉症者の

「微細で鮮明な映像化能力」・「視覚で考える思考能力」と、とてもよく似ている。

　自閉症と共感覚が併存していることが多いのは、能力がよく似ていることと関係しているよう

に思われる。　

（この項、了）