〜性欲〜　

　　　　　　　　　　　○

　性欲　ぼくには性的衝動がない。全然ない。おかげで、ほかの男の人たちがセック

　スのことを話しているとき（それも、どうやら、かなり多いようだ）、話を聞いて

　も理解するのは非常にむつかしい。みんな、なにかというとそこらを歩いている女

　の子を欲望のまなざしで見ている。ぼくにはそれがわからない。ぼくだって、きれ

　いな子は好きだ。その点はみんなとかわらない。かわいか子がいると「あの子、か

　わいいな」と思う。ただし、それでおしまい。男の人だろうと、女の人だろうと、

　子どもだろうと、動物だろうと、相手がどんなことをしてくれようとも、ぼくは興

　味を動かされない。このことは、メラニーとつき合っていたときに問題になった。

　ぼくだって、彼女を抱きしめることはちゃんとできる。でも彼女は、それ以上のこ

　とを求めていた。それを満たしてあげることは、ぼくにはどうしてもできなかった。

　結婚の暁には床入りをすると約束はしたものの、あのまま結婚まで進んでいても、

　約束を守れていたかどうか自信がない。衝動とか、欲求とかいったものが、ただ、

　ないのだ。

　　　　　　　　　　○

　たまたま「性欲」について書かれた箇所を見つけたので、書き留めておく。

　自閉症の人は、＜共通の特徴＞として括ることはできるが、表面として現れるときには、千

差万別の個性として現れる。十人いたら、十人の自閉症者がいると考えていい。そして、その

現れ方は、両極端で振幅する。ある自閉症者には、不安定になる音が、ある自閉症者には、安

心する音である、ということが起こり得る。

　同じ本の「あとがき」の中で、ニキ・リンコは、こう書いている。

　　　　　　　　　　　○

　 そんなとき、この本は救いでした。著者と私とが、表面的な部分で似ていないと

　ころか多いから楽だったのです。私は暑さに弱いのにこの著者は暑さを好むとか、

　同じ聴覚過敏でもこの著者は難聴があり、私は聴力もかなり高いとか（そうだ、難

　聴でも過敏の人がいることを、援助者のみなさんは覚えておいてくださいね！）、

　この人は接触が好きで性欲はなく、私はその逆（性欲はあるのに接触に耐えられな

　い）だったり、彼は楽器がうまいのに私は歌しか歌えないとか、そういった表面的

　なことが楽でした。

　　　　　　　　　　　○

　なるほど。こう書いてもらえるとわかりやすい。

　つまり、自閉症者には、「性欲」がない、ということではなくて、感覚（接触）と性欲（自

己表出）とがうまく結びついていない状態にある、ということではないか。

　そのために、両極端の状態として現象する。

　マッキーンは、「接触」の感覚は好きなのだが、それが「性欲」とは結びつかない。ニキ・

リンコの場合は、「性欲」はあるのだが、「接触」に問題がある、というように。

　「定型発達」の場合は、どうだろうか。

　感覚（接触）と性欲は、基本的には結びついている。だがそれでも、体調の不良や精神的

な不調に見舞われると、一時的にはそれらがうまく結びつかない状態になり、さまざまな症状

が現れることがある。

　…ということになるだろうか。