〜親友の死〜

※自閉っ子が、友達を作るのは難しい。だが、自閉っ子同士で、とても緊密な関係が作れること

がある。ジェイクにとっては、クリストファーがそうだった。だが、クリストファーは、スクー

ルバスに轢かれて死んでしまう。

　　　　　　　　○

　　二月の終わりのことでした。レイチェルが電話をかけてきて、テレビをつけてと

　言いました。わたしはもううんざりという顔をして答えました。「また悪いニュー

　スだなんて言わないでよ？」。またどこかの工場が閉鎖になって、知り合いの誰か

　が失業したのかと思ったのです。でも、レイチェルが無言のまますすり泣いている

　のが聞こえてきて、わたしは黙り込みました。

　　テレビをつけてローカルニュースに合わせました。「速報−−スプリング・ミル

　小学校の生徒がスクールバスに轢かれて死亡」というテロップが流れています。生

　徒の名前が出ても、学校の映像が流れても、わたしにはそれがクリストファーだと

　いうことが信じられませんでした。

　　スクールバスは、歩道に面したいつもの場所ではなく、学校の駐車場でクリスト

　ファーを降ろしたのでした。自閉症児の親なら誰でも容易に想像がつくことですが、

　クリストファーは降ろされた場所がいつもと違うことで頭が混乱してしまい、駐車

　場を横切って、よく見知った校舎の入口まで行こうとしました。そしてバスレーン

　を横切ったときに、乗ってきたのとは別のバスに轢かれてしまったのです。

　　それから一日、どうやって過ごしたかまったく覚えていません。わたしはショッ

　クを受けていました。どうやってジェイクに伝えるべきか？

　　ジェイクが帰宅したとき、家には近所の人やスポーツプログラムの仲間が集まっ

　て、立ったままリビングのテレビを囲んでいました。ナーニーは泣きながらわたし

　の背中をさすってくれました。呆然として動くことも、しゃべることもできません。

　「バス事故があったの？」。ジェイクはヒントを探すように一人ひとりの顔を見な

　がら訊きました。それに答えるかのように、クリストファーの学校の映像がテレビ

　画面に流れました。ジェイクはテレビ画面を見つめ、事態を理解したかと思うとソ

　ファに身を投げ出し、わたしが今まで聞いたこともない、そして二度と開かずに済

　むよう神に祈りたいような声をあげました。

　　ジェイクはそのまま、何時間もソファのクッションの下にもぐり込んでいました。

　最後はマイケルとわたしで彼をそこから抱き起こし、わたしはジェイクを連れてフ

　ィリスのところへ向かいました。日ごろからとても親しくしていたので、ノックも

　しないでどんどん家の中に入っていくと、彼女はリビングルームで身じろぎもせず

　に座っていました。朝から着替えていないらしく、バスローブとスリッパのままで、

　電話はずっと鳴りっぱなし。ジェイクが彼女の手をとり、わたしがもう片方の手を

　とり、三人はそこに座ったまま、ほとんど話もせずに夜を過ごしました。

　　親友を失ったジェイクの悲しみようは、彼が自閉症だということをよく表すもの

　でした。悲しみがあまりに強烈で、もうそのことしか考えられず、ふだんなら社会

　的に問題なくふるまえるだけの余力があるのに、それも失われてしまいました。彼

　の心を占めているのは悲しみだけ、他の感情が入り込む余地はありません。そして、

　周りの人たちがもっと幅広い感情をコントロールしながら行動できることが、彼に

　は理解しがたいことでした。

　　　　　　　○

　　帰りの車の中で、ジェイクは言いました。「天使も嫉妬するなんて知らなかった」

　わたしには意味が分かりませんでした。「何を言っているの、ジェイク？　天使は

　嫉妬なんかしないわ」

　「ぼくはすると思う」と息子は答えました。「クリストファーと遊びたいから、彼

　を連れて行っちゃったんだと思う」

　　　　　　　○

　クリストファーを失ったジェイクの悲しみは、相当に深いものだったと言えるだろう。

　自閉っ子にとって、抽象的な「死」を理解し、受け入れることは難しい。

　ジェイクは、どうやって、「死」を受け入れたのか。

　ジェイクの「親友の死」の受け入れ方は、とても美しいし、とても「視覚的」だ。

　「天使の嫉妬」として受け入れるとは！

　ジェイクは、科学的な宇宙物理学の天才だが、彼の中では、物理学と「天使の嫉妬」は、矛盾

していないのかもしれない。

（この項、了）