〜ジェイクの視覚で考える能力（1）〜

　　わたしたちは、サヴァン症候群の人物で、映画『レインマン』でダスティン・ホ

　フマンが演じた役のモデルにもなったキム・ピークの映像を見つけました。ピーク

　はカレンダー計算ができることで有名でした。たとえば、ウィンストン・チャーチ

　ルの生年月日をいえば、即座に曜日を答えることができるのです。

　「え？　そんなことがすごいことなの？　ぼくだってできるよ」。映像をみながら

　ジェイクが言いました。

　「本当に？」。どうして今まで知らなかったのかしら？　でも考えてみれば、日常

　生活でそんなスキルの話題が出ることはめったにありません。

　「じゃあ、ママが生まれたのは何曜日？」

　「一九七四年四月十七日は水曜日だよ」と、スクリーンから目を離さずにジェイク

　は答えました。

　　もちろん答えは合っていました。

　　ジェイクの映像記憶の能力についても、スティーブン・ウィルトシャーというア

　ーティストのドキュメンタリーを見るまでは、わたしはまったく分かっていません

　でした。ウィルトシャーはサヴァン症候群のアーティストで、一度見たきりの風景

　を完壁に再現できることから「ヒューマン・カメラ」と呼ばれています。そのドキ

　ュメンタリーでは、彼はヘリコプターに乗ってローマ上空を飛びます。ひと回りし

　てきただけで、ウィルトシャーはローマの絵を、パンテオンの柱の数といった建築

　物の細かい点に至るまで、正確に描いてみせるのです。

　　すると「ぼくもこうやって見ているよ」とジェイクが言ったのです。自分と同じ

　ようにして世の中を見ている人がいたこと、他のみんなは高層ビルを一度見ただけ

　では正確な窓の数が分からないという事実、その両方に驚いたようでした。ジェイ

　クにはウィルトシャーのような絵の才能はありませんでしたが、時速九十キロで通

　り過ぎたショッピングセンターの駐車場に車が何台停まっていたか、そのうちの何

　台がシルバーの車だったか、その他諸々の細かいことまで正確に言うことができま

　した。

　　　　　　　○

　　ジェイクがいつごろ自分のとてつもない才能に気づいたのか、わたしにははっき

　りとは分かりません。でも、少しずつ、自分は他の子たちとは違うことを理解して

　いったようです。彼は裏庭の木の下に寝転ぶのが好きでした。あるとき、そこで彼

　がクスクス笑いながら言うのが聞こえました。「四千五百九十六」とかそんな数で

　した。それは木についている葉っぱの数だったのです。実際に一枚ずつ数えたわけ

　ではありません。ただ、数がはっきりと分かるのです。一枚がひらひらと落ちてき

　たら、彼は数を修正します。「四千五百九十五」。それがふつうではないというこ

　とが分かってくるにつれ、彼は人目を気にするようになりました。「オッケー、爪

　楊枝が大体、二百四十六本ていう感じかな」と、含み笑いをしながら、レインマン

　の有名なシーンを真似するようになったのです。

　　　　　　　○

　ジェイクの驚異的な能力は、届くまるところをしらない。

　だが、その能力は、明らかに「鮮明な視覚で考える」能力であることは確かだ。

　キム・ピークのような「カレンダー計算」の能力、一瞬にして、落ちているマッチや木の葉の

数が直感的にわかってしまう能力。

　スティーヴン・ウィルトシャーや上田豊彦のような直感記憶像で、微細な風景を観る見え方。

　ただし、ジェイクには、鮮明な視覚能力はあっても、それを線に変換することはできない。

　だが、豊穣で鮮明なイメージを、数式に変換する能力がある。

　宮沢賢治は、豊穣なイメージを、言葉に変換することができる人だった。

　ジェイクが、ここまで自分の能力を語ってくれたことは、貴重な発言だ。

　ジェイクは、アインシュタイン、テンプル・グランディン、キム・ピーク、スティーヴン・ウ

ィルトシャー、上田豊彦、宮沢賢治を、つなぎ合わせる「ミッシング・リング」のような存在だ

と思う。

（この項、つづく）