〜「自動車に乗る」〜

　　僕が不思議に思っているのは、みんなは乗り物に乗っているとき、あまり外の景

　色を見ないことです。僕は、窓の外を見ずにはいられないのです。その気持ちは、

　楽しいという言葉だけでは表現できません。

　　風景は風の景色と書きますが、乗り物に乗って窓の外を見ていると、まるで自分

　が風になった感覚になります。体はじっとしているのに、目で見える景色が次々と

　変わっていくのがとても心地良いです。

　　僕は、鳥のように飛べたらどんなにいいだろう、といつも思っています。だから、

　乗り物に乗って景色を見ているとき、僕は鳥になった気分なのです。

　　　　　　　　　　○

　自閉症の子で、自動車に乗るのが好きな子は、とても多いと思う。

　東田直樹くんによれば、それは「楽しい」という言葉だけでは表現できないらしい。

　そのことは、とてもよく了解できる。

　僕もかつて、発語のない自閉の子で、バスに乗るのがとても好きな子の担任だった。もともと

おとなしい子だったが、バスに乗ると、窓からの景色を軽く微笑みながら、飽きもせず見ていた

のを覚えている。

　自閉の子は、（落ち着きのない子であっても）自動車やバスに乗ると、窓の景色をじっと見て

いることが多いと思う。その時は、とても情緒が安定しているように見える。

　あまり景色に興味がないように見えても、じっとしている子も多い。そういう子たちであって

も、基本的には、自動車の景色が移り変わっていくのを観るのは楽しいことなのではないだろう

か。

　（この項、了）