〜「十八歳の誕生日」〜

　　十時ぴったりに、僕は棚に作りつけのベッドを下ろして、掛け布団の下にもぐり

　込んだ。明日、大人としての最初の朝をより濃密に楽しむために、真夜中になる前

　に眠ってしまいたかった。子供部屋の薄暗がりの中で、僕はつらつらと考えた。十

　八歳からは大人だ。それがどういうことか、僕にはわかっていた。世間から隔絶さ

　れたような生活とは緑を切ることができるということだ。僕のぼうっとした性質は

　消えてくれるだろう。鮮やかな影たちの集団の中にいて、居心地の悪い思いをする

　ことは二度とないだろう。鮮やかな影たちの習慣や風習で頭が混乱することもない

　だろう。明日の朝には、すべてがすっきりと明快にわかるようになっているはずだ。

　一晩のうちに、いままで僕に欠けていたものがすべてたっぷりと与えられるはずだ。

　それが、十八歳の誕生日を迎える僕の願いごとだったし、それがかなえられること

　はわかっていた。

　　　　　　　　　　○

　　十八歳の誕生日の朝、僕は早くに目覚めた。大人であるというのは、四つ星の感

　覚だった。ベッドに横になったままで、眠っているあいだに僕の中に起こったはず

　の変化の兆候を探した。ゆっくりと頭が冴えていくあいだ、僕は掛け布団をゴシゴ

　シしていた。カトリンとの最初で最後の約束のこと、彼女の家のある通りの一見の

　価値のある縁石のことを考えてみた。そしてどうしてあの日の訪問が失敗に終わっ

　たのか、いまだにわからないことに驚いた。大人効果には制限でもあるんだろうか？

　　三つ星の感覚で、僕はバスルームに入った。ハハもキョウダイもまだ起きていな

　い。シャワーから流れ落ちるお湯は、いつものようにたくさんの小さな水ぶくれに

　なって、白いタイルの床にぶつかり魅惑的な音を立てた。

　　廊下でハハとキョウダイが僕にあいさつした。

　　「十八歳のお誕生日おめでとう」

　　「バカもついに大人か。おめでとう」

　　二人の鮮やかな影からさらにいくつかの言葉をかけてもらったあと、僕は部屋へ

　と戻った。ベッドのはしにうずくまって、僕は彼らのかすみがかかったような顔と、

　包帯でも巻いたかのような声のことを考えた。率直に言って、ハハもキョウダイも

　変わったようには見えなかった。僕は服を着て、ハハが朝ご飯の合図をするのを待

　った。

　　二つ星の感覚で、僕は廊下を通って、いつものように誕生日のお祝いの準備が整

　った居間へと入った。ココアとケーキはすばらしい昧だった。プレゼントが山のよ

　うに贈り物用の机に積まれていた。これもいつもの年と同じだ。いや、もしかした

　ら今朝は、去年よりもほんの少しプレゼントの山が大きいかもしれない。けれどコ

　コアを飲み、スポンジケーキを食べるあいだに、僕にははっきりとわかった。僕の

　十八歳の誕生日は、これまでの誕生日とどこも違わない。軽い敗北感を味わいなが

　ら、僕はプレゼントを開けていった。大喜びする気分にはなれなかった。失望があ

　まりにも大きかったからだ。

　　　　　　　　　　　○

　「十八歳」は、「大人」になるのであり、「大人」になれば、わけのわからない「世界」とは

お別れができて、スッキリした感覚や、ハッキリした顔や声で、＜世界＞を感じることができ

る、と、アクセル・ブラウンズは、本気で信じている。

　とても自閉症的だと思うのだが、「十八歳の誕生日」を、こんな風に感じるとは！

　驚いた。

　すぐに思いついたのだが、僕の知っている自閉の子は、「衣替え」に固執していた。

　六月の「衣替え」の日が過ぎると、かならず、「夏服」で登校してくる。

　残暑がまだ厳しい秋でも、「衣替え」の日が過ぎると、「冬服」で登校してくる。

　どんなに暑くても、「冬の長そでのジャージ」を脱がない。

　どんなに暑くても、「冬の作業着」に、首にタオルを巻いて、汗をかいて、作業する。

　「熱いから脱いでもいいよ」と言っても、絶対に脱がない。

　無理に脱がせようとすると、大声を出して抵抗した。

　この子にとっては、「正義」は、自分にあり、僕たちの方が、「間違っている」のだ。

　この子自身は、発語も少なく、知的な遅れもあったので、「誕生日」で「大人」になる、とい

う感覚は、持っていなかったのではないかと思える。

　だが、この子にとっては、明らかに、「衣替え」の日の「前」と「後」では、まったく違

うのだと考えられていたと思う。アクセル・ブラウンズの記述を読むと、その感覚が、とても

よくわかる。

　（この項、了）