〜視力とガンリキ〜　

　　　　　　　　　　○

　　ところが、視力が悪いからといって、妻にはものが満足に「見えていない」のか

　というと、とんでもない！　あきれるぐらいよく見えてることもある。ビデオのレ

　ンタル屋なんかに行くと、どこからか面白そうな映画をさっと見つけ出してくる（

　それもたいてい、僕の好みのやつだ）。最近はＤＶＤが増えて、背表紙の幅もあん

　なに狭くなったのに、一体どうやって探し出すんだろう？　車でドライブしていて

　も、標識はまず見落とさないし、新しい建物、面白そうな店、ヘンな看板なんかを

　次々と、実に目ざとく見つけだす。にゅっと突き出した馬のリアルな前半身がちょ

　っとコワイ、奇抜な飲食店の看板。石材屋さんの店先に、墓石のサンプルや観音像

　と一緒にさりげなく置かれた、ドラえもんの石像。何と妻より背が高い。レトロな

　感じの接骨院の壁にさりげなく貼られた、忍法教室の案内。立派な筆書きで、実に

　いい味わいだ。見慣れた道も、妻と一緒に通るといつも何かしら新しい発見がある。

　「どうしてそんなにいろんなものが見えるんだよ？」

　「眼力ってやつでしょ。視力が悪いぶん、眼力でおぎなってるんだよ」

　　ふうん、ガンリキねえ。

　　視界に入ってくるすべての情報をざっとながめながらスキャンしていき、何か興

　味を引くものがあると、カメラのようにさっとそこに注意力を向けてズームインす

　る。そしてカンと推理で視力の弱さをおぎなって、意思の力で何なのかを見極める。

　妻の「眼力」は、どうもそんな風に働いているらしい。

　　難点は、どうやら目から流れ込んでくる情報の量を自分の意思でコントロールす

　ることはできないらしいってことだ。注意力がよそにそれているために目に入らな

　いことはあっても、面倒だからあまり何もかも目に入れないようにしようっていう

　わけにはいかない。自分の都合で入力の量を加減することはできないんだ。

　　　　　　　　　　○

　この記述にも、驚いた。

　僕の知っている生徒で、まったく同じ印象を受ける子を知っているからだ。

　その子も、視力はとても悪くて、分厚いレンズのメガネをかけている。

　でも、泉流星さんと同じで、一緒に歩いていると、本当にいろんなものを見つける。彼女と

歩いていると、僕はただ「見過ごしている」だけで、実際には、風景を見ていないのではない

か、と思わされるのだ。

　彼女の面白いのは、メガネを取っていても、平気で普通に過ごしていることだ。僕もメガネ

をかけている。彼女ほど悪くはないが、調子が良くて、０・１、無いくらいだ。

　メガネを外しては生活できないことは明らかだ。彼女はそれよりも視力は悪いと思えるのだ

が、無いなら無いで、平気にしていて、不思議でしょうがない。「不便」という感覚があまり

ないのかもしれない。あるいは、「視力」ということと、「見る力」とは、彼女にとっては別

のことなのかもしれない。

　泉流星さんの記述には、とても考えさせられた。