〜ミスター・スポック〜　

　　　　　　　　　　○

　　テレビドラマの『スター・トレック』が好きな自閉症者はたくさんいる。私もこ

　のドラマが始まったころからのファンである。大学生だった時代に見たこのシリー

　ズそれぞれのエピソードには、倫理的視点があって、私の考え方に大きな影響を与

　えた。登場人物が皆、″惑星連盟″の確固とした倫理規定を守っていた。私はその

　中の論理的なミスター・スポックの考え方に完全に共鳴できたので、自分を特に彼

　と同一視していた。

　　ある一つの古いエピソードを今も鮮やかに思い出す。それは論理と感情の相克を

　扱っていて、私は十分にこの内容を理解することができたからである。−−怪物が

　シャトル衝星船を岩で壊そうとしている。死んだ乗組員が衛星船の外に転がってい

　る。ミスター・スポックは怪物に衛星船を壊されないうちに離陸したいが、他の乗

　組員は死体を取り戻したくて離陸を拒む。スポックにしてみれば、衛星船がこっぱ

　みじんになりそうなときに死体を取り戻したい気持ちが理解できない。しかし、他

　の乗組員には死んだ同僚に対する愛着があり、死体を取り戻してきちんと葬ってや

　りたいのだ。

　　単純に思えるかもしれないが、このエピソードが、私が他人とどんなに違うかを

　最終的に理解するのに役に立ったのである。私はスポックの考え方に同意したが、

　感情は論理的思考をしばしば圧倒してしまうものなのだ、ということを学んだ。た

　とえそれが危険なことと分かっていても、人というものはそうするものなのだとい

　うことも。

　　　　　　　　　　　○

　僕も『スター・トレック』は大好きだし、ミスター･スポックも大好きだ。

　自閉症者にとって、論理的な行動をするミスター･スポックがわかりやすい、というのは、と

てもよくわかる気がする。

　それにしても、「スター･トレック」を観て、人間関係の勉強をした人、という話しを聞

いたのは、テンプル・グランディンが初めてだ。

　だが、そう言われてみると、確かに、『スター･トレック』は、カーク船長やドクター・マッ

コイとミスター・スポックの対立や確執の物語だと言える面を持っている。子どもの頃、僕が

見ていた他のアメリカのＳＦテレビドラマ(『宇宙家族ロビンソン』『巨人の惑星』『原潜シー

ビュー号』)は、人間同士の考え方の対立があるだけだった。

　『宇宙大作戦(スター・トレック)』は、カーク船長(地球人)とミスター・スポック(バルカン

星人)の対立として描かれるために、人間同士の争いにならない。異文化「間」の争いとして

考えることができる物語になっていた。当時、こういう設定ができていたのは、『スター・ト

レック』だけだった。