〜「融合」〜

　　対象物と融合するのと同様、私は特定の人物とも融合しました。私はこの融合を、

　極度に集中した制御し得ない感情移入・交感（エムパシー）と呼びました。

　　多くの人が感情移入・交感（エムパシー）と同情・共感（シンパシー）を混同し

　ます。けれども共感（シンパシー）は交感（エムパシー）の反命題と言ってもよい

　ほどのものです。共感（シンパシー）は自己と他者の両者を同時に感覚させます。

　一方交感（エムパシー）は、ある人物に対して、＜自分があたかもその人物である

　かの如き＞感情を深く呼び起こすのです。

　　スーパーマーケットで品々の間を通り抜けていたとき、誰かが何かにぶつかって

　大きな音を立てただけで、私は肉体的に痛みを感じました。あるいは脚をけがした

　人の近くにいれば、私はその痛みを自らの脚に感じました。間に何も隔てるものが

　なく人の隣に極端に近づいて立ったときには、刺すような痛みや悪寒が私を捕えよ

　うとしました。それはあたかも、彼らのエネルギーが私に作用したかのようでした。

　人が裡に情緒的な痛みを持ち続けているとき、それを彼らが表情などに出している

　か否かにかかわらず、私はその痛みを感じることができました。そして私は、彼ら

　が痛いふりをしているならそのことも、彼らの表情が本来そこに発しているエネル

　ギーといささかのつながりもないことも、感じ取ることができました。

　　彼らの痛みを感じたとき、私はその痛みを私の裡に感じ、そしてそれと同時に、

　あたかも特定の周波が私のアンテナに干渉してきたかの如く、私自身の感情との持

　続はすぐさま分断されました。同様に動物の痛みや、更には樹木の悲痛さえも、そ

　れが物質的なものであろうと、精神的−感情的なものであろうと、感じ取ることが

　できました（それらは、期待感から為されるか便宜上為される悟性の憶測でありな

　がら、悟性による自己暗示的で疑似感情であるものの表現と、混同されてはなりま

　せん）。

　　　　　　　　　　　　○

　ドナ・ウィリアムズが、「融合」と呼んでいる体験は、共感覚者の体験に似ているようにも見

えるし、超感覚（能力）者、霊感能力者の体験に似ているようにも見える。

　人と「融合」すると、その人の「痛み」を見ただけで、自分の痛みのように感じた。動物や樹

木とも「融合」することができた、と言う。

　これは、想像で言うしかないのだが、今、これらの「融合」の体験を、自閉症者にとって

は、「普通」の体験だと見做すとすると、いくつか、言葉の無い自閉の子の行動にも、腑に落

ちるところが出てくると思う。

　たとえば、突然、「大きな音」などが出たときに、耳をふさぐ子がいる。

　それは、彼にとっては、「大きな音」が、本当に肉体的な「痛み」として感じられているか

らではないのか。

　また、言葉の無い自閉症の子たちが、コミュニケーションを取っていないのに、気がつくとい

つも一緒にいたり、お互いの行動を意識し合っているところを見かけることがある。どうやって

コミュニケーションを取っているのか、不思議なのだが、ドナ・ウィリアムズの「融合」のよう

に、お互いを、身体感覚を通して、意識し合っているような状態が、ありえるのではないだろう

か。僕たちの方が、言葉によるコミュニケーションに、偏重の感覚になり過ぎているのではない

のか。

　（この項、了）