<内側から見た自閉症>

〜ダニエル・タメット〜

『ぼくには数字が風景に見える』

〜「台本」〜

  ババク(※タメットの初めての友人)は自信にあふれた少年で、クラスのだれと

 でも仲良くなった。だから、学校が総力を挙げて取り組んだ劇『スウィニー・トッ

 ド』(人を殺してミートパイにしてしまう理髪師の身の毛もよだつ話)で彼が主役

 に選ばれたのは当然のことだった。ババクは何週間も毎日劇の練習をした。そして、

 練習を見に来ないかとぼくを誘った。ぼくは彼の目に入らない隅のほうの衣装箱に

 腰掛け、みんなが練習しているあいだ台本の台詞を読んでいた。毎日ババクの練習

 を見に行った。

  発表の当日のこと、最終リハーサルにババクは姿を見せなかった。病気になり、

 学校に来られなくなったのだ。先生たちは慌てふためき、ババクの役をやれる人は

 いないか、とみんなに尋ねまわった。ぼくはずっと棟習を見てきて台本をすべて覚

 えていたので、とても緊張したが、その役を引き受けることにした。

  その日の夕方、幕が上がり、ぼくは主人公のすべての台詞を正確な順序で暗唱す

 ることができた。しかし、ときどき、舞台に立っているほかの人の台詞がうまく聞

 き取れず、観客に向かって言っているのか、対話として言っているのか判断ができ

 なかったので、台詞を言うタイミングがずれてしまった。劇を観たあと両親は、も

 っと感情を出したほうがよかった、床ばかり見ていたのは残念だ、と言った。だが、

 少なくとも最後までやり遂げたことは、両親とぼくにとって大成功に等しかった。

           ○

 ダニエル・タメットは、友人の劇の練習を見ていただけで、セリフをすべて覚えてしまってい

た。それで、発表の当日、友人が病気で出られなくなったために、代役をかってでる。

 ちょっと考えると、できそうにも思えるが、少なくとも、僕の能力では無理だ。

 タメットは、友人のセリフだけを覚えていたのではなくて、台本に登場するすべての人物の

セリフを、聞いたでけで覚えていたのだ(!)。実際に、舞台に参加しているのではなく

て、聞いているだけで覚えるというのは、難しいと思う。(※ついでに書き留めておくと、ト

ム・クルーズは、LDがあるために、すべての人物のセリフを覚えて演技をしていると聞いたこ

とがある。)

 僕の生徒で、こんな子がいたのを思い出した。

 その子は、小学校の頃から、運動会には一度も、参加したことがない子だった。

 特に集団が苦手で、集団の演技はやったことがなかった。

 高校になって、僕が担任になって、最初は見学しているだけだったが、なんとか、運動会の練

習に引っ張り出した。

 僕がそばについて一緒にやったのだが、その子は、初めてやるにもかかわらず、集団の演技や

ダンスの動きは、すべて覚えていた(!)。

 僕が忘れていると、僕に教えてくれた。

 僕は内心で、とても驚いた。

 つまり、その子は、ダンスや集団行動が「できない」のではなかったのだ。

 興味がないように見えて、実は、ちゃんと「見て覚えて」いたのだ。

 ただ、それを実際に、自分の身体の動きに変換することが難しかったのと、集団が怖かったか

ら、入れなかっただけなのだ。それを「学校」側が、無理をさせない方針で、ずっとやらせずに

来てしまったために、「できなかった」だけなのだ。

 僕が一緒に演技をすることで、「恐怖・不安」も、少しは緩和されたのだと思う。

 ダニエル・タメットが、ずっと下を向いて演技をしていたのは、「演技」は、身体を通して練

習しないと無理だったからだし、人前に立つことの「恐怖・不安」があったからだと思う。

 (この項、了)

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