〜等価の思想〜

　※泉流星さんが、「スーパーのレジ係なんてできない」と言ったのを、夫が「レジの仕事をバ

カにしている」と思って咎めたのだが、泉流星さんは、「バカにしているのではなくて、スーパ

ーのレジは難しくて、本当にできないのだ」と言う。「スーパーのレジなんて、誰でもできる仕

事だ」と思っているのは、夫の方が間違っているのだ、と。

　その続きの言葉。　

　　　　　　　　　○

　「あのね、私から見れば、世の中の仕事はどれもみんな大事だし、なくてはならな

　いものなの。レジ係だって新聞配達だって技術者だって医者だって、いないと困る。

　そういう意味ではどんな仕事も大切な仕事に変わりないでしょ。給料や地位なんて

　関係ないの」

　「はあ……」。確かに妻には、人の価値を社会的な地位や収入で判断するような発

　想はない。でも逆に言うと、そこがまさに自閉系の特徴でもある。社会のしくみや、

　その中で生きる人々の立場の違いといったことを十分理解できてない。つまり、「

　社会性」に欠けてるんだ。地球人が普通に持っている常識、例えば「医者は社会的

　地位が高くて尊敬される職業だ」といった、世の中では当然と思われていることも、

　妻にはぜんぜん実感できない。ここだけの話、要はかなり気をつけていても、医者

　に行くとつい友達口調で話をしそうになってることがよくあるんだよ。

　「そりゃ、私は社会オンチかもしれないけど」。妻はため息をついた。「だけどや

　っぱり、『誰でもできる仕事』なんてないんだよ。少なくとも私には、誰でもでき

　るはずの仕事ができないんだからさ。同じように、つまらない仕事やどうでもいい

　仕事なんてものも、本当はないと思うんだ」

　　僕は疑わしい思いで妻をながめた。でも、要は確信に満ちている。

　「だって、例えば工場のこと考えてみてよ。夫たち開発技術者が作った最新の高価

　な機械だって、実際に工場で動かすには、メンテナンスする人や操作する人がちゃ

　んとそれぞれの仕事をしてくれなくちゃ、まともに動き続けてくれないでしょ。そ

　れにほとんどの工業製品は全部が機械で作れるわけじゃなく、手作業の工程だって

　ある。単純な作業のひとつひとつだって、まじめにきちんと仕事をしてくれる工員

　さんたちがいなくちゃ、まともな製品なんて作れないはずだよ。生産ラインに一人

　でもいいかげんな仕事するヤツがかかわってたら、不良品が増えるでしょ」

　　　　　　　　　　　　○

　この場合、泉流星さんの発言は、「社会オンチ」と言えるのだろうか？

　僕には、そうは思われない。

　アスペルガー特有の思想であり、とても素晴らしいもので、人類の理想と言える面を持ってい

るのではないだろうか。

　社会的な優劣や、学力の優劣で、人間が序列されるのが、常識であることの方が、果たして妥

当なのか？

　それよりは、泉流星の言っていることの方が、妥当で、「等価の思想」として、人類の理想

だと言える面があるのではないか。

　一般的には、アスペルガーや自閉症者は、障害者として、「社会的に下位」であるように見ら

れがちだ。

　だが、そんなことはない。

　テンプル・グランディンは、ドナ・ウィリアムズの言葉などを読むと、遥かに、定型発達者の

僕（たち）よりも、いいことを言っていると思う。

　（この項、了）