〜内側から見た「統合失調症」〜

　「そもそもＳＳＴ（＝ソーシャル・スキル・トレーニング※松本）というのは認知

　行動療法なんです。認知というのは物事を見分け、判断するという意味で、統合失

　調症の人たちは認知障害をもっているわけです。たとえばＡくんは、『早坂潔さん

　が彼女と手をつないだ』という幻聴を聞くと、それを信じてしまう。幻聴か事実か

　を認知する、見分けることができないんです。記憶にも障害が出てきて、外から情

　報が入る入り口、受けた情報を判断・処理する中枢部分、そして処理した結果を表

　現し発信する出口にも障害が起きる。言葉でなく暴力で返すというのは、出口の障

　害ですよね。つまり、それらの障害が、その人の人間関係や具体的な生活にいろい

　ろ支障をきたしていく、それらがトータルとして、その人の生きづらさというもの

　になるわけです」

　　　　　　　　　○

　「統合失調症はそういう認知障害から起きる病気で、けっして個人的な性格だとか、

　欠陥だとか、だらしなさとかで起きる病気ではないんです。つまり病状やメカニズ

　ムを知り、その認知障害に対して、自分がどう対処するかという力を獲得するのが

　大切なんです」

　　　　　　　　　○

　「べてるの家」の理念は、素晴らしい。薬を飲まずに、言葉で、統合失調症を解消させようと

している。症状が悪ければ、「薬」を増やすだけの「治療」を、いつも学校で見させられている

者としては、胸のすく思いがする。

　「統合失調症」は、個人の性格でもなければ、欠陥でもない。認知の障害が高じて起きる病気

だ。こういうことを、ハッキリと言っている説があるのかどうなのか、僕は知らない。

　だが、「統合失調症」の当事者の人が、自分の病状を内側から辿り返して、考えて言っている

言葉であることは重要だ。

　「統合失調症」が、「認知の障害」から来るという考え方は、少なくとも、「訳のわからな

い病気である」というイメージを、払拭してくれる。

　この「寛」という人は、「統合失調症」の段階を、図式化して示している。

　これも画期的だと思う。

　　　　　　　　　　○

　　ホワイトボードに、寛さんが考案したという「爆発」−「後悔・反省」−「ひき

　こもり・ため込み」−「病的症状（被害妄想・幻覚・思い込み）」−「爆発」とい

　う連鎖の円を図式化したものを書いた。そして、「病的症状」と「爆発」の中間か

　ら線を引いて「心のごみ箱」と書いた部分をつなげ、ごみ箱のなかに「親との葛藤」

　「過去に傷ついたこと」「偏見・差別」という文字を入れた。

　「ぼくがいままでの研究でわかってきたことは、語るというスキルがなかったから、

　いじめとか偏見とか依存関係とか、ネガティブな習慣をこころのごみ箱にずっとた

　めこんでいて、それがエネルギーとなって、なにかの認知障害によって爆発に作用

　していたんだということです。そして爆発すると、自分も傷ついて、後悔して反省

　するんですけど、引きこもったら対人関係がなくなるから、薬を飲まなくなったり

　して妄想とかの病状が出てきます。ぼくの病状は、光に当たるとからだがこわばっ

　てきて、極度の緊張状態になっちゃうんです。ひじょうに苦しいんですね。その病

　状が出てくると爆発に向かうんです。というのも、このまま一生涯、この苦しい状

　態が続くのかと考えたら、つらくなるんです。だからつらさから逃れるために、リ

　セット作用が働いてふたたび爆発する。リセット作用で、すべてをチャラにする。

　これがぼくの考えた爆発のメカニズムなんですね」

　　　　　　　　　　○

　「統合失調症」の過程が、ここでは、言葉として、ハッキリと描かれている。

　「爆発」−「後悔・反省」−「ひきこもり・ため込み」−「病的症状（被害妄想・幻

覚・思い込み）」−「爆発」

　の繰り返しだ。

　普通、僕たちが、「統合失調症」としてイメージしているのは、「病的症状」のところだけ

だ。だが、「失調症」の当人が感じているのは、違っている。「後悔・反省」−「ひきこもり・

ため込み」の時期も、「統合失調症」の一過程なのだ。

　僕は、すぐに、エリザベス・キューブラー・ロスの「死に行く過程」（『死ぬ瞬間』）のチャ

ートを思い出した。

　ロスは、末期がんの患者が、死を宣告されて、それを了解するまでの段階に「普遍性」がある

ことを発見した。

　「衝撃」−「否認」−「怒り」−「取引」−「抑うつ」−「受容」となる。

　吉本隆明は、講演で、この箇所を引用して、これは「死に行く過程」のチャートだが、生き

るということは、この繰り返しなのだ、と言っている。これは、「生き行く過程」のチャート

にもなっている、と。

　この言い方を借りるとすると、「寛」さんの考案した「爆発のメカニズム」は、「爆発」−

「後悔・反省」−「ひきこもり・ため込み」−「病的症状（被害妄想・幻覚・思い込み）」−

「爆発」の繰り返しであり、「衝撃」−「否認」−「怒り」−「取引」−「抑うつ」−「受容」

の繰り返しと、よく似ていると言えそうだ。

　僕たちが、普通イメージしている「統合失調症」は、「病的症状（被害妄想・幻覚・思い込

み）」の段階のみを指していることになる。

　こう考えてみると、「爆発のメカニズム」は、「死に行く（生き行く）過程」のチャートが、

小さい頃からの課程環境などから来る、何らかの認知の障害によって、変形してしまったもので

あり、決して「理解不可能」なものではなく、「理解可能」な言葉に変換することができるよう

に思われてくる。

　僕もとりあえず、養護学校で、十年以上勤務しているが、「統合失調症」について、こういう

説明をしてくれた医者はいない。こういう症状があるから、それに合う薬を処方する（合わなか

ったから他の薬を試してみる）という対処の仕方しかしていない。

　（この項、了）