〜内側から見た脳卒中（続々々）〜

　　わたしが大好きな、スキンシップを利用した「いま、ここに」へ戻るための方法

　は、雨粒を浴びること。雨の中を歩くと、いろいろな拡がりをもった体験ができて、

　まさに感動ものです。顔に降りかかる水滴は、わたしを右脳マインドにある美と無

　垢の世界へといざないます。そして、深い清めの感覚に包まれたように感じます。

　顔の上に陽光の暖かさを感じたり、頬にそよ風のくちづけを感じると、あらゆる存

　在とひとつだと感じる自分自身の一部につながるのが、よくわかる。海岸線に立っ

　て、腕を一杯に広げて、そよ風の中を飛ぶような気持ちになるのがたまらなく好き。

　香り、音、味、そしてどんなふうに心の底で感じたかを思い出すことで、わたしは

　即座に、ニルヴァーナに戻ることができるのです。

　　　　　　　　　　　　○

　何度か書いたことがあるのだが、この箇所を読んで、ある自閉の女の子を思い出した。

　僕は、こう書いている。　　　　　　　　　　　　　

　　昔、勤めていた養護学校に、こんな女の子がいました。その子は自閉症だったの

　ですが、水遊びが好きな女の子でした。

　　梅雨まっ盛りの、どしゃ降りの雨の日でした。教室の窓から、外の庭を見ている

　と、その子が、どしゃ降りの雨の中に、笑いながら立っているのが見えました。体

　操服のままで、ニコニコ笑った顔を上に向け、手の平も上に向けて、立っていまし

　た。僕は、それを教室の窓から「ああ、気持ち良さそうだなあ…」「あんなことで

　きたら気持ちいいだろうなあ…」と思いながら、しばらく眺めていました。そのと

　き、ハッとして思いあたりました。

　　そうか。これが「感じること」と「理解すること」の違いなんだ、と思ったんで

　す。

　　雨の中にたたずんで、雨にまみれながら、彼女は、全身で「雨を感じている」と

　思うんです。それを教室の窓から「気持ち良さそうだなあ」と見ている僕は、「雨

　を理解している」にすぎない、と思うんです。

　　どうでしょう？　彼女と僕と、どちらが本当の体験に近いのでしょうか？　僕は、

　彼女の方が、遥かに深い体験として「雨」を感じているのだ、と思います。…

　ジル・ボルト・テイラーの記述を読んで、この女の子のことを思い出した。

　ジル・ボルト・テイラーは、脳卒中になって、いったん、左脳の機能が低下し、右脳が解放さ

れ、再び、自覚的な努力・訓練によって、左脳の機能が回復した。そのために、右脳と左脳の回

路を意識的に辿りやすくなっているのだと考えられる。

　僕が、この時に見た、雨を全身で浴びながら、幸せそうに笑っている女の子は、ジルのよう

に、雨を感じていたのではないだろうか。

　その子は、発語が難しい（左脳の、言語を外に出す回路が混乱しているのかもしれない）ため

に、右脳の回路を使って、全身で雨を、＜深い体験＞として、感じていたのではないだろう

か。

　ジルは、左脳から出血し、言葉が理解できなくなり、発語もできなくなったが、それでもちゃ

んと＜内なる言葉＞は聞こえていたらしい。

　この女の子も、左脳の言語（発語）の回路は混乱していても、＜内なる声＞はちゃんと

聞こえていて、世界をこんな風に感じていたのではないだろうか。

　僕には、そう思えて仕方がない。

　（この項、了）