〜味覚の再現〜　

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　　異星人妻は、少なくとも我が家では一番すごい料理人だ（ま、うちには妻と僕し

　かいないんだけどさ）。妻はどこかで一度でもウマイものを食べると、その味を記

　憶することができる。しかもただ覚えるだけじゃなく、どうやったらその味が出せ

　るのか推理して、自分で再現することができるんだ。妻自身は、こんなの特別珍し

　いワザじゃないって言うんだけど、本当かい？　味を記憶したり再現したりするな

　んて、僕には何とも不思議な、信じられないことに思えるんだ。

　　だって、料理の味を再現するといっても、妻の場合、正確な作り方も分量もほと

　んどが「てきとー」。元々は高級な料理でも、再現するために特にグルメな材料を

　揃えるでもなく、手の込んだ準備をする様子もない。ごく普通に、近所のスーパー

　で食材や調味料を調達し、趣味で集めてるいろんな国のソースやスパイス類を使っ

　て、ささっとごまかして作るだけ。なのに、僕にとってはびっくりするほど「あの

　時のあの味」と同じものが出来上がるんだ。

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　「適当なことができるっていうのは絵と同じかもしれないけど、味の再現ってとこ

　はまるで違うだろ？　そこはどうなってるわけ」

　「さあね。そもそも、一度食べた味ならたいてい自分でも作れるなんて、結婚する

　まで全然気づかなかった。独身時代はずっと、洋風の食べ物しか作ってなかったん

　だ。和食なんかまるで興味なかったから、お粥にはチーズを入れてリゾットにして

　たし、汁物はコンソメの素を入れてスープにしてた。米の袋を買うのが重くて面倒

　だから、何ケ月も主食がパスタだったこともある。私って長いこと海外に行ってて

　も現地の食べ物だけで全然平気な人だから。和食なんて、結婚して初めて作ったん

　だよね」

　「え？」。ウソだろ〜！　「でも、肉じゃがとかキンビラとか、何作っても失敗し

　たことなんかないし、最初から味だってウマかったよ？」。今では工夫改良されて

　もっと手早く、さらにおいしくできるようになってはいるけど、僕が初めて食べた

　時だって、十分にいい味だった。

　「そう、その時気づいたの。夫が和風のおそうざいが食べたいって言うからさ、ま

　ずは、和食ってどうやって作るんだろ？　って、料理本で材料と調味料と手順を調

　べるところから始めたんだ。でも結局はいつも通り、本は参考にしただけで、自分

　流に作って、味つけも目分量でしちゃったんだけどね。それでもちょうどいい味が

　出せた時、『あ、これだ』って、はっきりわかった。自分で作ったことはなくても、

　実家でずっと和食中心の食事してきたから、味の記憶はしっかり自分の中にインプ

　ットされてたわけ。だから初めてでも簡単に味が出せたんだ」

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　泉流星という女性の人は、アスペルガーと診断されているらしい。

　味覚の抜群の記憶力と、それを再現する能力がある。

　本人は、小さい頃から「和食」の味に慣れていたから、じぶんの　中にインプットされてい

た、と言っているが、そんなことは考えられない。

　僕だって、小さい頃から、「和食」だったが、まったく料理はできない。味の記憶も曖昧だ

し、味を記憶しているからと言って、家庭で作って、その味が再現できる、というのは、とう

ていできない。

　たとえば、調理の修行をした「一流の料理人」ならできるに違いない。テレビの番組で似た

ようなことをやっていたが、それは、(確か)「プロの料理人」がやっていた。少なくとも、

「料理」の学習(経験)の蓄積がなければ、不可能なことだ。

　本人は、あっさりと言っているが、泉流星がやっていることは、相当な「離れ業」だと言う

べきだと思う。

　「サヴァン症候群」という人たちがいる。ある特定の領域だけに、抜群の才能を有する人た

ちだ。(映画『レインマン』のモデルになったキム・ピークも、そうだ。)

　たとえば、スティーヴン･ウィルトシャーと言う、有名なサヴァン症候群の人がいる。テレビ

で「サヴァン」の特集があると、必ずと言っていいほど、出てくる人だ。

　彼は、抜群の直感的資格記憶能力を持っていて、今見た風景を、写真かビデオのように記憶

することができる。しかも、彼は、ちゃんとそれを絵にすることができる。ちゃんとした遠近

法で、写真を写しているように、描くことができる。

　しかも、彼は絵の勉強や修行をしたわけではない。「最初からできた」のだ。普通、「画

家」は、才能のある人でも、相当な練習しなければ習得できないはずだ。

　泉流星の能力も、視覚と味覚の違いがあるだけで、スティーヴンの絵画の場合と、とても似

ているのではないだろうか。

　抜群の、味の視覚的な記憶、と言えるかもしれないし、味におけるサヴァン的な能力と言

えるものかもしれない。

　絵画も、料理も、再現するためには、相当な努力が必要なはずだ。彼らは、それを普通のこ

ととして、できるようになってしまっている。