〜あなたがあなたである奇跡〜

　　　　　　　　　　　○

　　この頃になって、私はこう思うようになった。娘の出す答えは、私の答えとはか

　なり違ったものになるだろう。なぜなら、今の娘は、私が娘と同じ年だったときと

　は比べ物にならないくらい、自分の状態を意識しているからだ。私が娘くらいの頃

　は、自分だけの世界に住んで、のんきに走り回っていた。きょうだいがいなかった

　から、比較の対象もなかった。周囲の枠組みだって、そう大したものではなかった。

　何をしようと、どんな格好をしようと、どうふるまおうと、私の思うままだった。

　自分が人と違っていることを気にするようになったのは、まだ何年も先のことだっ

　た。なのにこの子はすでに、何年も年を重ねた後の私と同じ思いを味わっている。

　彼女が彼女であることは奇蹟以外の何物でもないというのに、彼女はしじゅうそれ

　を恥ずかしがり、うろたえている。自分の外見や行動が人と違うことに気づくたび、

　気遅れしている。今の娘は、自分を他人と比較する力だけが育っていて、自分がみ

　んなと違うことにしょっちゅう気づいてしまうのに、行動や発言を抑えることまで

　はなかなかできない。発想を抑えるなんて、なおさらできない。

　　　(略)

　　あそこまで徹底して正直でいられるのは、天賦の才だと思う。その天賦の才をも

　たらしてくれる特質を、自分で恥だなんて思わせたくない。堂々と、胸を張ってい

　てほしい。聞く耳を持つ者には誰彼かまわず主張してほしい。「私はあなたと同じ

　にならなくてもいいはずよ！　あなたのやってることがくだらないと思えば、にこ

　にこして見せる必要なんてないはずでしょ！　がまんできないくらい辛いときに、

　平気なふりなんてすることないはずよ。自分には無理だってわかったら、すぐにそ

　の場を離れたっていいでしょう。あなた方にも、私の決めたことは尊重してもらう

　わ！」と言い切れるようになってほしい。

　　　　　　　　　　　○

　本当に、いつか、そういう社会が来たらいいのになあ、と僕も思う。

　健常者も、障害者も、老人も、自閉症者も、発達障害者も、定型発達者も含めて、差別でも

偏見でもなく、あなたがあなた自身であることは、それ自体、そのことだけで＜奇跡＞的

なことなのだ、とみんなが認められる社会が来たら、どんなにかいいことだろう！

　今は、そんな社会は、程遠い、としか言いようがないのだが。

　それでも、そこまでに届く言葉を作りたいという念願は、僕の頭から離れない。

　（この項、了）