<内側から見た自閉症>

〜藤家寛子〜

『他の誰かになりたかった』

〜藤家寛子の聴覚〜

           ○

  コウモリが人間には聞こえない周波数の音を出しているのと同じように、私は普

 通の人には聞こえない音が聞こえるわ。霊的なものを想像した人、残念だけどハズ

 レよ。私は大きな音が苦手。誰にだって不快に思う音はあると思うけど、アスペル

 ガー症候群の私は、聞こえ方がかなり違うの。鼓膜がバリバリと音を立てて、今に

 も破れるんじゃないかと不安になるわ。耳を塞ぐ時は手の平を当てるだけじゃなく

 て、人指し指を耳の穴に突っ込んで完全に塞いでしまわなければいけないの。電化

 製品をつけると、そこら中でジーっという大きな音がする。換気扇の音はゴウンゴ

 ウンと鳴る。誰かがブラインドを下ろした時、大抵の人は驚かないはずだけど、私

 は何が起こったのかと振り返らなくちゃいけないわ。鋭い「ハウリング」に似たよ

 うな音は、背筋をビリビリと伝ってきて脳を大きく一度揺さぶる。だから私は低く

 「うぅぅ」と声を上げるの。怖いから。不快だから。鼓膜がヒリヒリして痛いから。

  たまに私が一人で唸って、周りをきょとんとさせる時があるけど、そういう時は

 一分以内にものすごい音をさせながらバイクの集団が通るの。私には彼らに聞こえ

 るずっと手前で、バイクが耳障りな音を立てて近づいてくるのが分かるわ。またあ

 の不快音が私の耳を危うくさせるのかと想像するとゲンナリしちゃうから、随分手

 前で「うぅぅ」と声を上げてしまうわけなの。

  逆に、極端に聞こえない時もある。「おまえはちゃんと聞いているのか?」なん

 て言われてしまう人みたいに、言葉が耳を素通りするだけで、全く聞き取れないの。

 そういう時は、ヘトヘトに疲れていることが多いわね。脳が「今日の耳はもう営業

 終了です」ってメッセージを延々と流すの。子どもの頃に高熱を出したせいで少し

 難聴になった上にアスペルガー症候群の症状が重なってしまったから、私には聞こ

 え過ぎる時よりもこっちの状況の方がもっと辛いわね。

           ○

 自閉症の子で、耳を塞いでいる子がいる。そういう時は、外から見ていても、とても不安そ

うだ。

 ひょっとすると、彼らには、周囲の音は、こんな風に聞こえているのかもしれない。単純に

言うと、同じ音を聞いているわけだが、まったく僕たちの聞こえている世界の音とは違ってい

る。四六時中、こんな風に音が聞こえているとしたら、そりゃあ世界は怖くて不安なものだと

思うだろう。

 電化製品も、確かに音がしている。蛍光灯も、結構、大きい音を出している。僕にはあまり

気にはならないが、聴覚過敏があったら、さぞかし大変だろうと思う。

 テンプル・グランディンの『動物感覚』には、確か、電源の切っているラジオの放送が聞こ

える自閉症者がいる、と書かれていた。

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