〜母と娘の関係〜

　　　　　　　　　　○

　「ごめんね」私はどもりながら言った。好きな服が見つかるまでいてちょうだい。

　私は外で待ってるから」

　「だめ。出るの」

　　このときの私は、クレジットカードを渡してしまって、限度額まで使ってもいい

　からと言いたいほどだった。でも、渡したところで娘は受け取らなかっただろう。

　私たちは、娘の好きなブランドの服を買えずに帰った。自分のせいですべてが台な

　しになったことはわかった。でも、どうすれば防げたのかはわからなかった。

　　その日の晩、娘が学校の宿題で書いたという作文を見せにきた。それはあの店、

　私が危うくわが子の信頼と尊敬を失いかけた原因の、あの店を非難するものだった。

　作文の中で、娘は明確に表現していた。大音量の音楽で空間を揺るがすというやり

　かたは、聴覚機能に不具合のある人々には害になる。さらに、あれほどの音量だと、

　買物にきた子どもたちにとっても有害な作用があるはずだし、従業員にいたっては、

　どこへも逃げることができないではないかと。

　　この日、長女は、アスピィの母親を本当の苦痛から救い出してくれた。自分も冷

　静さを失わず、私にも尊厳を与えてくれた。文句を言い、わめきちらし、「ママな

　んか大嫌い」と叫ぶことだってできただろうに、それをしなかった。ほかの人だっ

　たらまず気がつかないだろうに、娘にはわかったのだ。私の反応は感覚の過負荷、

　自分の内部にかかえた爆弾のせいであることが−−爆弾であるからには、爆発する

　かもしれないということが。

　　わざわざ言われなくても、娘にはわかっていた。ふつうの母娘がするような当た

　り前のことを私がこなせないのは、アスピィゆえの要因のせいなのだと。でも娘は、

　さらりと受け流した。そんなことにはかまわず、私を心配してくれた。…

　　　　　　　　　　　　○

　この長女は、定型発達の子だ。

　リアン・ホリデー・ウィリーと長女が、長女の欲しいブランドものの服を買いに行ったとき

に、その店が大音量の音楽であったために、聴覚過敏のあるリアン・ホリデー・ウィリーは、

とうてい店にいられなかった。娘は、欲しい服が買えなかったわけだが、それで母を責めるこ

とはしていない。母親の聴覚過敏を理解できていたからだ。

　このアスペルガーの母親と定型発達の長女との関係は、とてもいいものだと思う。

　長女は、アスペルガーの詳しい症状は理解していないだろうが、母親の感覚と、定型発達者

中心の外界との「間」に位置することができている。そして、ちゃんと「アスペルガー」と

「定型発達」との間の「架け橋」になることができている。

　とてもよくできた娘さんだし、本当は、こうやって、同情や憐れみや偏見としてではな

く、人と人の間に、橋を架けることは可能なのだということを、とてもよく象徴しているエピ

ソードになっていると思う。

(この項、了)