〜掃除機とモーツァルト〜

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　　ほんの三歳にも満たない頃、私の記憶に強く残っているのは、二種類の音だ。

　　一つは掃除機の音。あのキーンと通るガーガー音には今も耐えられない。脳にし

　みこんでくるようで、身震いするほど嫌いな音。私は掃除機にスイッチが入ると、

　とたんに家中を逃げ回っていた。今でも、私はほとんどの床掃除をフロアモップと

　粘着テープですませ、極力、掃除機のスイッチには触らないようにして暮らしてい

　る。

　　もう一つの音はモーツァルト。居間は穏やかな陽光に満ち、窓ガラスはきらめき、

　光と溶け合うように、軽やかな澄んだ音の調和が部屋にあふれていた。私自身がそ

　の場の音楽や光と溶けあって一体になり、空気の中を自由にただよっているように

　思えた。「この音楽、いいね」と母に言った。その時、モーツァルトの曲だと教え

　てもらった。今でもモーツァルトの音楽は、私の中に特別な心地良さを呼び起こし

　てくれる。（略）
　　
　　私の記憶はかなり幼い頃から鮮やかだ。自閉症スペクトラムの人々の多くがそう

　だという。

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　三歳の頃の記憶としては、やはり、かなり珍しいのではないだろうか。ただ自閉症者として

は、この視覚的聴覚的な記憶力は、よく見られる記述だ。

　でも、「掃除機」と「モーツァルト」の取り合わせは、初めて聞いたので、感心した。三歳

の思い出で、鮮明に覚えているのが、「掃除機の音」と「モーツァルト」とは！

　「掃除機」が耳障りな自閉症の人は、多い。本当にガマンができないくらいの雑音に聞こえ

るらしい。聴覚が過敏なためだ。普通の人に聞こえる以上の音の領域が可聴なわけだ。

　そう考えると、「モーツァルト」は、どうなのだろう。その過敏な聴覚を利用して聞くこ

とによって、美しい音楽だと感じたのかしもれない。泉流星は、モーツァルトの「音」は、

自然と調和していると感じ、光と一体化し、自然に溶け込んでいると感じている。モーツァル

トの音楽にも、過敏の人が感じられる音が、きれいに並んでいるのかもしれない。モーツァル

トの伝記を読むと、かなり発達障害の可能性がある人で、彼も「過剰な聴覚」を持っていたの

かもしれない。

　掃除機の音とモーツァルトの音は、受ける感覚は正反対だが、感覚過敏としては、「同型」

なのかもしれない。