〜「ジョナのスキル」〜　

　　しかし、そんな才能とは裏腹に、ジョナのスキルは、ほとんど使われなかった。

　彼は両親に助けてもらって４００通以上の求人応募書類に記載したものの、すべて

　不採用であった。両親は「前向きに考えよう」と元気づけたものだが、彼は事実を

　目の当たりにするたびに落ち込み、時には絶望的な気持ちになった。32歳無職、か

　つ両親と暮らしていることで、自分は社会に受け入れられていないと感じていた。

　うつ病が悪化し、人生を終わらせたい、という衝動に駆られ、二度も自殺未遂をし

　たことがある。当時、私は彼に

　　「死にたかったのか？」

　と尋ねた。彼は首を縦に振った。理由を尋ねると簡単に答えた。

　　「誰も私を必要としていないのです。この世界に私の居場所はないのです」

　　自閉症の若年成人の80％以上が両親と同居していることを知っていた私は、彼の

　孤独感が手に取るようにわかった。私は彼に尋ねた。

　　「どうしたら変われるだろうか。何が生きがいを与えてくれると思う？」ジョナ

　は顔を上げずに答えた。

　　「仕事です。自分に価値があると感じさせてくれる−−私に尊厳を与えてくれる

　仕事です。私に対する正当な評価と尊厳が欲しい。なぜ、誰も私が社会貢献できる

　ことを証明し、社会の一員であることを感じさせてくれるようなチャンスをくれな

　いのでしょう。そして、なぜ誰も賃金を払ってくれないのでしょう。そうすれば私

　は両親から独立して暮らすことができるのに」

　　私は、うん、うん、と頷きながら、ジョナのこと、そして何百万人もの自閉症の

　人たちの苦悩が胸をよぎり悲しくなった。彼らは、雇用主や社会に貢献しながら、

　自身にとっても何か意味があることをしていられるはずなのに、雇用を得ることが

　できないのだ。ジョナは続けて次のように訴えた。

　「私は、すべての人が持っているのと同様な権利が欲しいのです。どのように生き

　るかを決めることができるように、基本的な経済的手段を得る権利が欲しいのです。

　職がない、ということは、私を殺しているも同然です。私と同じような多くの人の

　ことも」

　　彼の分析は、総じて正確だ。ケンブリッジのクリニックに通院する、ジョナのよ

　うな４００人の自閉症の成人を調査した結果、悲劇的なことに３分の２に自殺願望

　があり、そのうちの３分の１は実際、自殺を試みていた。自閉症の人びとが苦悩し、

　彼らが絶望的なレベルで脆弱な立場にいるという事実について警鐘を鳴らし、社会

　は目を覚ます必要があるのではないだろうか。ジョナの人生は、自閉症のバイパー・

　システマイザーたちに広がる才能の浪費がどれだけ巨大で、そして職を得られない

　ことがどれだけ社会からの疎外感を増幅しているかを示しているのだ。

　　　　　　　　　　　〇

　ジョナのスキルは、自動車修理だ。自動車のエンジンの音を聞いただけで、どこが調子がおか

しいのか、わかるのだ。

　だが、４００通の以上の求人に応募しても、不採用になってしまったのだと言う。

　そんな状況になれば、僕だって、

　「誰も私を必要としていないのです。この世界に私の居場所はないのです」

　という心境になるに違いない。

　ケンブリッジのクリニックの自閉症者の３分の２に自殺願望があり、そのうち３分の１はｍ実

際に自殺を試みていると言う。

　これらを、ただでさえ社会性に脆弱性のある自閉症者の側（努力）から改善しようとするのは

難しいだろう。

　サイモン・バロン＝コーエンが言うように、「自閉症の人びとが苦悩し、彼らが絶望的な

レベルで脆弱な立場にいるという事実について警鐘を鳴らし、社会は目を覚ます必要があ

るのではないだろうか。」

　社会の側から対策を講じないと難しいと思える。

　（この項、了）