難しさを伴わない人間関係はない。その一方が、あるいは両方が自閉症スペクト

　ラム障害であればなおさらだ。それでもぼくは、どんな人間関係でも愛さえあれば

　きっとうまくいくと信じている。人を愛すれば、どんなことでも乗り越えていける。

　　家でちょっとしたことが（たとえば、食器を洗っているときにスプーンを落とし

　てしまうようなことが）起きると、ぼくは自分が崩れてしまいそうになるので、動

　作をとめて、しばらくじっとしている。ほんのささいなことであっても、予想外の

　ことが起きると、ぼくは途方に暮れ、混乱してしまうのだ。とくに決まりきった日

　常を乱されたりすると打ちひしがれてしまう。

　　そんなとき、ニールは黙って見守ってくれるようになった。普段はそのような混

　乱した状態が長く続くことはないので、ニールの辛抱強さのおかげでとても助かっ

　た。途方に暮れることが次第に少なくなっていったのは、ひとえにニールの協力と

　理解のおかげだと思っている。

　　ほかにもひどく不安に駆られるようになるときがある。たとえば友人や近所の人

　が突然ぼくたちに会いにやって来るようなときだ。その人に会えてうれしいことは

　うれしいのだが、ぼくとしては頭のなかにきっちりと思い描いていたその日の予定

　を変更しなければならなくなり、苦痛と緊張とを感じてしまう。計画を変更すると

　とても不安になる。そういうときも、ニールはぼくを安心させ、落ち着かせてくれ

　る。

　　人が集まる場もぼくには苦痛だ。レストランで食事をするときには、ほかの客が

　まわりにいない隅か壁際のテーブルにつきたいと思う。地元のレストランに行った

　ときのこと、ぼくたちが食事をしながら楽しく話していると、突然煙草の煙が漂っ

　てきた。どこから流れてくるのかわからなかったが、思いがけないことだったので、

　ぼくはたちまち不安になった。ニールは、そういうときぼくが目を伏せて無口にな

　ることを知っていたので、そのときもすぐにぼくの変化に気づいた。こうなると、

　できるだけ早く食事を終えて店から出ていくしかない。…

　　　　　　　　　　　〇

　自閉症者の世界は、僕には以前として捉え難い。

　不安が強く、「感覚で考える」世界とは、どういうことか。

　どのようなものなのか。今でも自閉っ子を見ているが、突然不安定になったりして、「わから

ない」と立ち止まってしまうことがよくある。

　レストランで、突然、タバコの煙が流れてきた…。

　食事を洗っている時に、スプーンを落としてしまった…。

　突然、ご近所の人がたずねてきた…。

　日常の中で、よくある、ごくありふれた光景だ。

　ダニエル・タメットにとっては、それは「予想外」のことであり、立ち尽くし、打ちひしがれ

てしまうほどのことなのだ。自閉っ子も何か、些細なことが気になっているのだが、僕にはわか

らないのだ。

　もちろん、「わからない」ということが、どこから来るのか、ということは随分、わかるよう

になってきたのだが…。あきらめず、前に進むしかない。

　（この項、了）