かつて、こんな女の子がいました。

　重度の知的障害のある子なのですが、フードのついた服がありますよね。頭にかぶる

やつです。それがとても好きなんです。誰かがそういう服を着ていると、必ずと言って

いいほど近づいてきて、フードをかぶせようとします。そのままかぶらせてやると、と

ても嬉しそうな顔をします。脱ぐと、またかぶせます。何度でもそれを繰り返します。

でも、自分がかぶるのはあまり好きではありません。人にかぶせたくなるだけみたいで

す。

　たまたま、運動会の職員競技で、「戦隊もの」をやったんです。先生たちが、「戦隊

もの」のお面をかぶって、競技をしたのですが、お面をした先生が近づくと、今度はそ

の女の子は、とても怖がったんです。もう、火のついたように泣いたそうです。競技が

終わっても、しばらくは、おんおん泣いて怖がっていたそうです。お面だと、顔の表情

がなくなりますよね。それで怖かったのかもしれません。

　それでは、ぬいぐるみは、どういう反応をするんでしょうか？

　山口市で、「養護学校体育大会」という大会があった時に、他の養護学校の先生だと

思いますが、全身の犬のぬいぐるみを着た人がいました。その反応を見ていたのですが、

ぬいぐるみは平気みたいでした。人間が入ったぬいぐるみを怖がる子どもがいますよね。

「ディズニーランド」なんかでも、それまでは喜んでいたのに、等身大のプーさんやミッ

キーが近づいてきた途端に、怖がる生徒がいます。彼女は、それは大丈夫のようでした。

　フードも、お面も、ぬいぐるみも、似たようなものだと言えば言えると思う

のに、彼女の中では、あきらかに反応が違っています。

　みなさんは、どう思われるでしょうか。

　僕にはとても不思議なことのように思えるんです。　

　その子は、「顔」で、その人間のほとんどの情報の判断をしている、ということなので

しょうか。だから、身体は人間でも、無表情の顔を見ると、もう「得体の知れないもの」

として見なしてしまう、ということなのでしょうか。彼女には、この世界は、どんなふう

に見えているのでしょうか。興味は尽きません。

　人間は、どこまでいっても、不思議な謎のような存在なんですね。小さなことだと思わ

れるかもしれませんが、そういう些細なことを見つめるまなざしを、失わずに持ち

つづけていたいものだ、と僕自身は思っています。