今月、たまたま、ネットで安住さんのラジオを聞いていたら、

　「走るなメロス」っていうお話があったんです。

　もちろん、太宰治の「走れメロス」の話なのですが、メロスの走るスピードに、こんな描写が

あるんです。帰りがけの、めっちゃ急いで走っている時の描写なのですが、

　　路行く人を押しのけ、跳はねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴

　の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、

　小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

　友人のセリヌンティウスの命がかかっているので、一生懸命に走る描写です。

　「沈んでゆく太陽の、十倍も速く走った。」と、書かれている、と。

　メロスはいったいどのくらいのスピードで走ったのだろうか？　と。

　で、そのスピードをちゃんと計算した人がいる、と。

　柳田理科雄、と言う人だ、と。

　太陽のスピードはわかっているので、一周４万キロを、２４時間で回るわけですから、出ます

よね。その十倍のスピードだ、と（笑）。

　そうすると、マッハ１１（だったかな？）で走っていることになるんだそうです。

　それだけではありません。

　速いだけでなく、それくらいの速さで走ると、衝撃波が生まれます。

　メロスの半径２キロは、家の窓ガラスが割れるそうです。

　そして、安住アナが結論を言います。

　「結論、走るなメロス」、（笑）。

　まあ、よくできた笑い話、ということなのですが。

　僕は、「そんなに面白いかな？」という感想なのですが。

　皆様、どうでしょうか？

　僕は、物理的、現実的なスピードに変換するよりも、太宰治の喩のスピードの描写の方が素晴

らしいと思うのですが。

　　路行く人を押しのけ、跳はねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴

　の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、

　小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

　こんな描写を書く太宰治は、やはり天才だな、と思います。

　これは、単なる速く走った描写ではなく、自分の身代わりに繋がれている友人セリヌンティウ

スがもうすぐ処刑されてしまうという内心の焦りが込められた心理的な描写で、優れています。

　それを物理的にな数値に還元しても、あまり意味がないと思うのですが、まあ、柳田さんはそ

れが「売り」なのですが。

　　　　　　　　　　〇

　もうひとつ、「走れメロス」、すごいなあと思うのは、「行きがけ」の描写です。

　　竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、

　佳よき友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セ

　リヌンティウスは無言で首肯うなずき、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、

　それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。メロスは、すぐに出発した。初

　夏、満天の星である。

　　メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌あく

　る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロス

　の十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。

　「行きがけ」の描写は、たったの一行です。「メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎ

に急いで、村へ到着したのは、翌あくる日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出

て仕事をはじめていた。」だけです。

　「走れメロス」は、ほとんどが、「帰りがけ」の描写です。

　帰り道は、苦難がこれでもか、というくらいに出てきます。

　「帰り道」が大切なのだと、太宰治は知っていたんだな、と感心します。

　最近、文科省で「不登校」についての調査結果が発表されましたよと、同僚の先生から教えて

いただきました。

　　2024年度に年間30日以上登校せず、不登校とされた小中学生は35万3970人で前年度

　より7488人（2・2％）増え、過去最多を更新した。文部科学省が29日に公表した「問

　題行動・不登校調査」の結果で判明した。増加は12年連続。専門的な相談・指導を受

　けていない児童生徒は約4割にあたる13万5724人おり、文科省は外部機関と連携した

　対応を進める。

　　調査は毎年度、国公私立の小中高校を対象に実施。不登校は、病気や経済的理由を

　除く要因で年間30日以上登校しない状況を指す。24年度に不登校だった小学生は13万

　7704人（前年度比7334人増）、中学生は21万6266人（同154人増）だった。

　　不登校は21年度以降、前年度比15〜25％程度と急速に増えていたが、4年ぶりに増

　加率が10％を下回った。また、新たに不登校となった児童生徒数は、9年ぶりに前年

　度より減少した。文科省は、児童生徒の悩みや不安を早期に把握し対応して不登校を

　未然に防ぐ取り組みが功を奏したとみている。

　今でも、不登校は増加しているんですね。

　文科省、あいかわらずの「対症療法」の発想しかしていないのに、

　「児童生徒の悩みや不安を早期に把握し対応して不登校を未然に防ぐ取り組みが功を奏し

　たとみている。」

　…というのは、いかがなものか、と思います（苦笑）。

　年間３０日以上なので、２９日の生徒は数に入れないので、実際にはもっと多いと思った方が

いいと思います。他のネットを探してみると、小学生の、しかも「低学年の子の不登校が増え

ている」というのが、気にかかります。

　もっとちゃんと調べないといけないのでしょうが、

　「自己肯定感の低下」の低年齢化が進行しているのではないか。

　「愛着の不全」の低年齢化が進行しているのではないか、と。

　僕は、やはり、「自己肯定感の低下」というのが大きい気がします。

　今の社会は、人間関係の根底にある「自己肯定感」「愛着の関係」が不全になってしまいがち

な社会になっているのではないか、と思えます。

　　　　　　　　　　〇

　　教育というものには、「教」の面と「育」の面があります。いままでの日本の先生

　は「教」、教えるという面をあまりにも強く意識し過ぎていたのではないでしょうか。

　「子どもが育っていく」という実感を少しでも先生方が持たれたら、自分の仕事もす

　ごく面白くなると思います。それが実感として分かると、「あの子もようやりよる」

　とか、「そんなに怒らんと、見てても大丈夫なんやないかな」とか、だんだんと思え

　るようになっていきます。

　　教えることにこだわっていると、腹が立つことばかりです。こんなに教えても、ま

　だだめなのかと、嫌になるばかりだと思います。「自分はいままで怒鳴ってばかりだ

　ったけど、子どもは案外、こういうふうになるもんだな」と思えると、その先生自身

　が違ってきます。子どもの方から学ぶことというのは、すごく多いものです。

　　パッ、パッと教えたくなった時に、ちょっと待ってみてはどうでしょう。少しの間

　でいいのです。

　　ちょっと待ってる間に、子どもは面白いことをするものです。

　　それに気付くためにも、子どもをよく見ていたいと思います。

　　先生方は、案外、子どもを見ていない人が多いようです。あの子は勉強ができる子

　だとか、あの子は問題のあることばかりする子だとか普段から思っていると、その子

　が本当の姿を見せて動いているとき、見ていないことが多いのです。

　　子どもをゆっくり、きちんと見る。それをやりだすだけでも、また、新しい発見が

　あります、きっと。

　　　　　　　　　〇

　河合さんの言う通りではないかと思います。

　「教育」の「教」ばかりを優先してやって、「育」の部分は、「軽視」していたんだと思いま

す。

　「育」の部分とは、「愛着関係の形成」「自己肯定感の向上」の部分であり、ウィニコット

の「Ｂｅｉｎｇ」の部分に対応すると思います。

　あるいは、河合さんの「生きるとは、自分の物語を作ること」の部分だと思います。

　今と言う時代は、みんな「自分と言う物語」が作りにくい時代になってしまったんだと思え

ます。　

　たまたま、梅原猛訳の『古事記』を読んでいたら、こんな箇所を見つけました。

　　　　　　　　　　〇

　　それで、建御雷神（たけみかずちのかみ）が健御名方神（たけみなかたのかみ）に

　その手をつかませたところ、その手はたちまちに氷柱に変わり、また、剣の刃と変わ

　った。建御名方神はびっくりして、退いた。

　　そこで、建御雷神が、逆に、「おまえの手をとらしてくれ」といって、建御名方神

　の手をとると、その手は柔らかい葦のようであった。そこで、その手をつかみつぶし

　て、建御名方神を投げ倒したので、建御名方神は逃げていった。

　　　　　　　　　〇

　「たけみなかたのかみ」の手が、葦のようにやわらかかった、という現代語訳なわけですが、

たぶん、原典の『古事記』では、「葦のようにやわらかい」と書いているのではなくて、「手が

葦だった」と書かれていると思います。

　「やわらかい」と言う抽象的な状態を、直接表現する言葉がまだ使えなかったために、視覚的

な「葦」を、「やわらかい」という言葉として使っています。

　これは、「比喩」ではなく、直接的な言い方です。

　昔の人は、こういう言い方をするしかなかった。

　「おまえは、葦だ」は、現代では、直喩でしょうが、

　昔は、普通に表現するとそうなっていた。