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　「狂気」という言葉ともっともよく結びつけられる障害は、おそらく統合失調症で

　しょう。統合失調症の患者は実際に、奇怪な症状を示します。幻覚があり、幻聴も

　しばしばあります。妄想が起こり、自分はナポレオンだ、ジョージ・ブッシュだと

　考えたりします。国家政府が自分の脳に装置を埋め込んで思考や行動を監視してい

　る、あるいはエイリアンが自分を支配していると思いこんだりもします。

　　精神薬理学のおかげで統合失調症への対処法は刷新されましたが、統合失調症の

　患者はなぜそんなふるまいをするのかという疑問はまだ残っています。この疑問に

　ついて、（右半球の病変に起因する）疾病否認に関する私たち自身の研究と、クリ

　ス・フリス、サラ・ブレイクモア、ティム・クロウのみごとな推測をもとに、考え

　てみたいと思います。フリスらの考えは、統合失調症の患者は、正常な人たちとは

　ちがって、自分の内部に生じたイメージや思考と、外界に実在する事物によって生

　じる知覚とを区別できない、というものです。

　　たとえば私は、道化師の姿を思い浮かべても、それを現実の道化師と混同するこ

　とはありませんが、それは一つには、私の脳が、私のあたえた内部指令にアクセス

　しているからです。私は、自分が道化師の姿を思い浮かべることを予期して、それ

　を見ています。これは幻覚ではありません。しかしもし、脳内の「予期」のメカニ

　ズムに欠陥があったら、自分が頭に思い浮かべている道化師を、実際に見ている外

　界の道化師と区別することはできなくなるでしょう。すなわち私は、その道化師を

　実在の道化師と思いこむでしょう。幻覚を起こし、空想と現実の区別がつかなくな

　るのです。

　　これと同様に、私も自分がナポレオンだったらいいだろうなあと、ちょっとのあ

　いだ考えて楽しむことはあるかもしれませんが、統合失調症の場合は、その一時的

　な考えが、現実によって阻止されず、本格的な妄想になってしまいます。

　　統合失調症のこのほかの症状−−たとえばエイリアンにコントロールされている

　といった考えについてはどうでしょうか？　普通の人は、自分が自分の自由意志で

　動いていることを知っていますし、その動きを、「動け」という指令が脳から送ら

　れているという事実に帰属させることもできます。しかしもし、意図をモニターし

　てそれを動作と比較するメカニズムに欠陥があったら、身体の動きがエイリアンに

　コントロールされているという奇怪な解釈が出てきてもおかしくありません。そし

　てこれは、妄想をもつ統合失調症患者の主張そのものです。

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　ラマチャンドランによる、脳神経科学からの「統合失調症」の分析は、とても面白い。何よ

りも、『脳のなかの幽霊』に出てくる様々の不思議な脳の症状をたくさん並べられてから語ら

れると、「統合失調症」の、かなり奇矯な行動というものが、理解を絶した精神の状態ではな

くて、脳の状態としては、充分、「普通」に起こりえる症状であるように思われてくるところ

がいいと思う。

　自分を、現実のナポレオンであると感じてしまう場合(自己了解性＝時間性)も、自分の行動

がエイリアンにコントロールされていると感じてしまう場合(自己関係性＝空間性)も、現実と

自己との関係がうまくいっていないことを象徴している。どちらの場合も、世界からやってく

る「感覚」と自己の内部からの「情動」とがうまく結びつかなくなっていると考えられる。

　（この項、了）