〜「事前準備」の極意〜

　　足のサイズが大きくなるにつれ、デーンにはしっかりしたサイズの合う靴が必要

　になったので、近所の靴屋に行くことにした。革製の拘束具をしっかり握り、いろ

　いろな靴を試着させようと奮闘したが、デーンは私の手を逃れ、金切り声をあげて、

　店内を暴れまわった。いまでも、あの店員のうんざりした顔は忘れられない。結局、

　その日は靴を買わずに帰ってきた。

　　たった靴一足のことで白旗を揚げていたら、どこにもたどり着けないはずだ。次

　の土曜日、私はデーンの世話をロッドに頼み、マネージャーに話をするため、再び

　靴屋に向かった。驚くまでもなく、彼女はこちらを覚えていた。デーンに悪気はな

　かったこと、いずれ彼も普通の人々と同じように靴を試着することを覚えなければ

　ならないことを、説明した。何足か家に持ち帰って試し履きをしてもいいという彼

　女の申し出を断わり、月曜日に靴をみつくろっておいてくれるよう頼んだ。ひもや

　バックルを締めずに急いで試着し、デーンを連れてすぐに店を出る。商品はあとか

　ら取りにくるから、と。

　　計画は見事に成功した。店のマネージャーも喜んでいたようだった。このとき初

　めて、私は「事前準備」の極意を学んだ。店員や受付係にはいつも、必ず先に説明

　をするようになった。いったん相互理解を築いてしまえば、たいていの人々は協力

　してくれた。これでデーンのために買物をすることが可能に、そしてわずかながら

　ではあったが、楽になった。

　　　　　　　　　〇

　デーンのお母さんも素晴らしい。靴屋さんでの靴選びに失敗したら、再び、挑戦し、今度は店

員さんに事前に相談し、手短にできる準備をした。

　「事前準備」は同時に「相互理解」を生み出すことにもなる。

　こういう試行錯誤を繰り返すことで、お母さんは独学で、見事に自閉っ子対策の「ノウハウ」

を積み重ねている。

　（この項、了）