〜「ＥＭＤＲ」〜

　　この事件をきっかけに、筆者は彼に、過去からの積み重なったトラウマへの対峠

　を提案した。非社会的な行動を繰り返す背景に、彼の過去のトラウマが関与してい

　ることがうかがえたからである。彼は無数といってよい過去の傷つきを訴えていた

　が、そのなかのもっともインパクトがあったものに絞ることにした。すると、小学

　校四年生のとき「人間やめろ」と言われたこと、ついで高校一年生のとき、友人と

　思っていた相手に無視されたことをあげたので、それらの記憶を標的に、プロトコ

　ールに沿ったＥＭＤＲによるトラウマ処理を実施した。ＥＭＤＲの開始当初は、不

　快記憶の蓋を開けたかたちになり、非常に苦しそうであった。ところが、数回のセ

　ッションが進むにつれ、それらのエピソードの前後状況を想起することが可能とな

　った。おそらくこれまでは、押し寄せる不快記憶の波にのまれ、周囲状況の想起ま

　で辿り着かなかったのではないかと思われる。そして、そうなってみると、彼自身

　が最初に友人の悪口を言った、あるいは教師の指示を無視したなど、みずからの非

　社会的振る舞いが、それにつづく友人の無視や教師の叱責を引き出したことを初め

　て思い出し、理解するに至ったのである。その後、完全に途絶えたわけではないが、

　不快記憶のタイムスリップをめぐる訴えは著しく軽減した。

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　畠山昌樹『ぼくはアスペルガーなお医者さん』に、ＥＭＤＲのことが書かれていたのを初めて

読んだ。

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　　長年苦しめられてきた「頭の中で言葉が諒となってぐるぐる回り続ける状態」か

　ら脱出する方法を、ぼくはつい最近、やっと見つけることができました。

　　それがＥＤＭＲ（略）という、嫌なことを考えながら、眼球を左右に動かす方法

　（眼振）です。

　　これはアメリカの心理学研究者が、自分自身の乳がん再発への恐怖を取り除くた

　めに、嫌なことを考えながら眼球を素早く左右に動かすことで気分が楽になった経

　験をもとに、パニック障害、不安障害、ＰＴＳＤ（心的外傷）、うつなどの治療に

　応用したもの。

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　杉山登志郎も、実際に治療に使ってみて、「ＥＭＤＲ」は、フラッシュバックの治療に効果が

ある、とハッキリ書いている。

　杉山登志郎の記述で興味深いのは、「ＥＭＤＲ」を行うと、不快な記憶の周辺や前後のことが

想起されて、事態を客観的に＜理解＞することができる、と書かれていることだ。つまり、フラ

ッシュバックでは、出来事の全体を、イヤだった印象と伴に、映像として記憶してしまっている

ことが辛い記憶になってしまう原因になっている、ということだ。これは、鮮明な視覚像で記憶

してしまう自閉症者に、フラッシュバックがおこりやすいこととも、よく一致している。

　「ＥＤＭＲ」は、ある程度知的に高くないと難しいと思える。だが少なくとも、今まで治療不

可能と思われていたことが、治療の可能性が見えてきたのは、とても良いことだ。

（この項、了）