ずっとあとになって、こんなことがありました。私がテレコムで『ルパン三世　カ

　リオストロの城』（1979年）を完成させたあと、手があいたので『火の鳥2772　愛の

　コスモゾーン』を手伝うことになりました。そこで、手塚さんご自身がわざわざテレ

　コムにいらっしゃって、原・動画全員に話をしたいとおっしゃいました。

　　先生はスタジオに全員を集めて「私はまだ『カリオストロ』は見てません（手塚プ

　ロの人によると実際には試写室でくり返しご覧になっていたそうです）。『カリオス

　トロ』は噂に聞くと３コマ作画だそうですけど、今度みなさんに手伝ってもらう『火

　の鳥』はオール２コマ、フルアニメーション�≠ﾅすから、そのつもりでよろしくお願

　いします」と言われました。みんな緊張していたのですが、届けられたカットを見て、

　私たちは唖然としました。

　　たしかに２コマで作画してありましたが、３コマ用に描かれた原画と原画の間に入

　れる動画の枚数を変えただけで、２コマ特有の描き方や工夫が全く入ってなかったの

　です。必要もないシーンにただ枚数が増えているだけで、私たちは本当に驚いたもの

　です。テレコムの原画全員にそれがすぐにわかりました。なぜ虫プロでそこそこのキ

　ャリアをもっていたはずの原画が知らなかったのか！　答えはあきらかです。原画の

　責任ではありません。アニメーションの動かし方の基本理念と基礎教育が違っていた

　のです。

　　基本が２コマということはかなり小さな演技（しぐさ）を拾うことになります。原

　画と原画の間の密度が高くなり、１カットの原画の枚数も３コマよりもずっと増えて

　しまいます。『カリオストロの城』は３コマ、速い所は１コマ・２コマを自由に使っ

　ていますから、先生のおっしゃる意味での��フルアニメーション�≠ﾅはありません。

　　この時、どうやら手塚先生は理念としての��フルアニメーション�≠ﾉ憧れていらっ

　しゃるが、技術的な使い方はご存じない、もしくは関心をお持ちでないのだとわかり

　ました。

　　アニメーション特有の技術には厳しい修業をともなう「移転」が必要だったのです。

　研究とスタッフの教育に資金を投入して、テストしながら効果を確かめて使用しなけ

　ればなりません。小さな演技にもこだわりが求められます。２コマといってもただ枚

　数が増えているだけではないし、描き方の細かいところで違っているのです。

　　　　　　　　　　○

　手塚治虫は、ディズニー（フルアニメーション）に憧れてマンガを描き、やがて『鉄腕アト

ム』を作ったが、枚数を制限している「リミテッドアニメーション」だった。

　そのために、「フルアニメーション」に憧れていたのかもしれない。

　だが、リミテッドアニメーションとフルアニメーションでは、まったく描き方が違っている。

　手塚治虫にとっては、それがわからなかった。

　「鉄腕アトム」に枚数を増やせば、「フルアニメーション」ができると考えていた。

　枚数を増やしたフルアニメーションで描けば、『カリオストロの城』を超えることができると

考えていたかもしれない。僕は、『カリオストロの城』も『火の鳥２７７２』も、両方見たこと

があるが、『火の鳥２７７２』の絵も、内容もほとんど覚えていない。

　天才・手塚治虫の頭の中では、マンガの映像がいつも動いていただろうから、アニメとはそれ

を現実に変換すればそれでできるはずだ（簡単だ）、と考えていたに違いない。

　（この項、了）