僕らが「藤子・Ｆ・不二雄」と「藤子不二雄Ａ」という形で独立して活動するよう

　になったのは一九八七年、五三歳の時です。

　　それまでは互いの性格の違いがうまく作用していて、作風が違ってきたら自然に別

　々に描くようになったし、独立する時も、自然な流れがあったと思います。コンビ解

　消もデビュー以来三三年、当初の予定より二〇年も余計に漫画家を続けることができ、

　まさに望外のことでした。そこで僕らは思いきって、このへんで二人三脚のヒモをほ

　どいて、それぞれの足で歩いてみたらどうかと話し合いました。お互い五〇ン歳。も

　うアトも少なく、それぞれやりたいことをやってみようと思ったわけです。

　　それぞれが独立した後、藤本氏は『ドラえもん』を描き続け、僕はずっと持ち続け

　ていた映画の世界への夢を「少年時代」という映画を作ることで果たせました。独立

　したことで別な方向へ歩むことができた。思えば、上京する時も藤本氏が誘ってくれ

　て、どうなるかと思ったけれど、後に「あの時、言ってくれてよかった」と思ったし、

　独立の時も、言い出してくれてよかったと今では思っています。

　　　　　　　　　　○

　「藤子不二雄」がそれぞれ独立したと聞いたとき、その理由がよくわからなかった。どうして

今さら「コンビ解消」するのだろうという疑問が起こったが、何もわからなかった。

　大体そういう時に流布されるのは、「実は不仲だった」という噂なのだが、『まんが道』など

を読んでいる限りでは、それは想像もつかないことだった。

　藤子不二雄Ａによれば、別れる話を最初に持ち出したのは、藤本弘の方だったように思われ

る。

　　　　　　　　　○

　　一九八六年、藤本が五二歳の時に、健康診断で胃ガンが見つかりました。病院で「

　本人に告知しますか」と聞かれて、私は告知しないほうを選びました。言うのが怖か

　ったんだと思います。あれだけ本を読んでいた人ですから、自分がガンであることは

　わかっていたように思います。けれど、彼は最後まで何も言いませんでした。

　　ずーっと、彼は安孫子さんと一緒に新宿のスタジオで仕事をしていました。手術は

　成功したんですが、仕事に復帰したらまた体調を崩してしまいました。スタジオの雰

　囲気が違っていたのでしょう。

　　翌年の夏のある日、「安孫子氏と別れようと思う」と言ったんです。その後、前か

　ら借りていたマンションの一室で仕事をするようになりました。

　　安孫子さんとのコンビを解消し、それぞれが独立してから四年後、今度は肝臓にガ

　ンが見つかりました。手術をしましたが、すぐに再発したんです。それを知った時、

　私は「残りの時間が限られている」と感じました。

　　　　　　　　　　　○

　奥さんの話によれば、胃ガンが見つかり（本人には告知しなかったが）、体調を崩すようにな

ってから、藤本弘がコンビの解消を切りだしたと言う。

　藤本弘自身は、自分の残り時間が少ないことを予期していたのかもしれない。

　藤本弘の気持ちは、僕にはよくわからないとしか言いようがないのだが、「藤子不二雄」とい

うコンビを解消することで、残りの人生の時間として、自分自身の最後の＜ひとり旅＞をする感

覚だったのかもしれない。

　（この項、了）