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　　人々が見守る中で、ショーバルは、羊の囲いの向こう側へでかけていった。そこ

　には小さな木の板でつくった橋があり、その先に幅六十センチぐらいの小さな裏門

　があった。これは囲いの裏門で、ほとんど使われていなかった。

　　ショーバルはこの裏門をあけた。それからバケツに赤い泥絵具をいれて、草原に

　ちらばっている羊の間へでかけていった。そして、手あたりしだいに、五頭の羊の

　頭に、泥絵具を塗りつけた。これで頭の赤い羊は、さっきの一頭を加えて、合計六

　頭になった。

　　ショーバルはつぎに、審判官のいる席へ歩いていった。そしてポケットから紙片

　をとりだし、そこに二言、三言なにか書きつけた。彼はそれを主任審判官に渡し、

　声をださずに読んでから、ほかの審判官にまわしてほしいと頼んだ。ほかの審判官

　にも、声をだして読まないようにさせてくれるよう頼んだ。

　　その紙には、ショーバルが今から自分の犬に無言で命じようとする言葉が書かれ

　ていた。その言葉は、つぎのようなものだった。

　��フォベット、頭の赤い羊を集め、板の橋を渡って、裏口から羊を囲いへ追いこめ″

　　だれも一言も口をきかなかった。観衆がじっと見守るなかで、ショーバルは審判

　官席に、くるりと背を向けた。

　　フォベットは主人に置き去りにされたところで、地面に寝そべっていた。両方の

　前足の上に頭をのせていたが、顔は審判官席とちがうほうへ向いていた。どうやら

　眠っているようだった。しかし、ショーバルが犬のほうへ向くと、なにも声をかけ

　ないのに、フォべットは、なにか聞き耳をたてるように、突然、頭を起こした。そ

　して急いで起きあがると、主人のそばへ、とことこと小走りに駆けよっていった。

　　ショーバルは犬の鼻と背中をなでた。そして目を閉じ、彼が審判官に渡した紙片

　に書いておいた命令を、無言で自分の心につぶやいた。

　　フォべットは一瞬、主人の顔をじっと見つめた。そして、

　「ううふ！」

　　と唸り、それに対して、ショーバルは、

　「行け」

　　と、こたえた。

　　フォべットはすぐ、凄い勢いで主人のそばから離れていった。

　　それから五分以内に、頭の赤い羊はすべて集められ、べつの群れにまとめられた。

　そして、さらに五分以内に、その羊の群れは追いたてられて板の橋を渡り、裏口か

　ら囲いの中へ追いこまれた。

　　　　　　　　　　　○

　ショーバルと名犬フォベット（サンターナの母親）は、心のつながりがあるくらいの関係に

なっていて、「心で考えていること」を、フォベットが察知することができた。これは、その

実験の記述だ。

　これについては、もっと詳しい記述を読んだことがある。

　スタンリー・コレンの『犬語の話し方』には、こういう能力を持つ犬たちのことがたくさ

ん書かれていて、とても興味深い。

　スタンリー・コレンによれば、犬は「命令を目で読み取る」のだ。

　「過剰特異性の目」を持っているために、飼い主がいくら無言であっても、身体の小さな動

きを目で読み取って、（飼い主が期待している）行動を読むわけだ。

　もちろん、これによって、「犬」の能力が人間より「劣っている」ことにはならない。

　むしろ、その逆だ。

　犬は、人間の身体の小さな微細な動きを見抜き、心を読み取る能力に優れている。その能力

は、人間よりも、格段に優れていると言っていいものだ。

　ここまでは、まだ僕でも、なんとか理解できる。

　しかし、サンターナとショーバルの関係は、さらに驚異的だ。

　戦地で危機に陥ったショーバルが、心の中で、サンターナに助けを求めると、十数キロ離れ

た地点にいるサンターナにそれが届いて、ショーバルを助けに現れるのだ。