マリノウスキーの『未開人の性生活』で、未開人にとって、「眼」は欲望と色情の座であ

り、眼から生じた性の欲望は、脳を通り、身体全体を回り、最終的に「腎臓」に集中する。そ

のために、「腎臓」と「性器」はつながっているのだ、と「理解」している。暗闇でも、性欲

が生じるのは、「嗅覚」が「眼」の代わりをするからだ、と考えられている。

　その引用の後の記述。

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　　この未開の心性（注・『未開人の性生活』マリノウスキー）でなぜ「腎臓」が性

　器と直結して登場してくるかといえば、性器が排泄と性交欲との二つの異質な機能

　をともに果しているという未開人の認識があるため、まったくふたつは短い回路で

　＜関係づけ＞られやすいからである。この＜関係づけ＞を裏付けるためには、どう

　しても「腎臓」がでてきて性欲と排泄という二つのパイプの連結手となるほかかれ

　らに説明しようがないからである。また「眼」が登場するのは、異性を視て性的な

　衝動をおぼえるという体験をもとにして、「眼」と「性欲」をもっとも短い距離で

　＜関係づけ＞ようとするからであり、「嗅覚」が登場するのは、眼の利かない暗闇

　でも性的欲望が起るという経験的な事実になんとか説明を与えようとして短絡させ

　るからである。この＜関係づけ＞の＜空間＞はきわめて平板的であって、そのため

　＜世界＞も＜身体＞も平板的にしかつかまえられてはいない。けれどさきの関係障

　害のばあいのように＜異常＞であるという印象がないのは、それなりに筋がとおっ

　ているからではなく、作為体験によって他のなにかから強迫されたり命令されたり

　という妄想がふくまれていないからである。

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　未開人は、十分に人間の内臓を見て知っているし、動物の内臓も、もちろん、見て知ってい

るだろう。

　とりあえず、ここで吉本隆明が言っている「短絡的な関係づけ」という言い方を、もう少し

拡張しておきたい。この「短絡的な関係づけ」ができるためには、未開人には「視覚で考える

能力」があった、と想定する以外にないと、僕は考える。

　目に見える臓器と、「性欲」とを結びつけて考えざるをえなかったし、腎臓と性器がつなが

っているために、「性欲」が集中する場所が、「腎臓」だと、「短絡」させて考えているの

は、「視覚で考える」能力を使っていると僕には思われる。

　現代では、「抽象的な思考」が可能になっているので、腎臓と性器がつながっているのは、

「排尿」の機能としてつながっているだけだし、人間の身体の成立過程上、「排尿」と「性

器」の役割を持つ器官が同一となっているに過ぎない、と「理解」される。

　もちろん、現代の人間も、「視覚で考える能力」を使っているが、表面には意識されなくな

っているだけだ。自閉症者は、この「視覚で考える能力」の度合いを、より強く保存している

人たちだと言えるだろう。

　僕が担任していた自閉の子は、言葉は難しかったが、畑のミニトマトが好きで、学校の中の

どこにトマトが植えてあるか、正確に知っていた。普通に見るような俯瞰した学校の地図のよ

うなものがあるようには思えない。彼は、「場所」を視覚的に覚えていて、その場所に来ると

ミニトマトがどこにあるかがわかるのだと思えた。

　その能力は、驚異的だとも言えるのだが、よく考えると、動物段階では、こういう視覚的な

「場所」の記憶の方が、生存には有利だったはずだ。いちいち、地図を観るのではなく、この

「場所」には水がある、というように、「視覚的に」記憶を保存していた方が、便利だったと

思われる。

　（この項、了）