『日出処の天子』は、「聖徳太子」(厩戸王子)のこと。

　蘇我氏と物部氏の戦いは、厩戸王子の霊能力で蘇我氏優位の戦いとなるが、蘇我毛人と崖に

落ち、物部氏に追われ、窮地に陥る。

　厩戸王子は、霊能力を使い、毛人とともに、一本の椋の木の中に隠れ、追手をやり過ごす。

　我に返ると、毛人は、二人が隠れていたと言う椋の木は、細くて、とうていふたりが隠れる

ことはできない木であることに気づき、王子の能力を怖れる。

　その時の、王子のセリフ。

　　　　　　　○

　　　熟した実が

　　　枝から

　　　落ちるように

　　　高い所から

　　　低い所へ

　　　水が流れるように

　　　当たり前のことだ

　　　当たり前の

　　　自然の事なのに

　　　それをみんな

　　　ただ

　　　見逃しているだけだ

　　　わたしだけが見つめているからといって

　　　わたしは人間ではないのか！！

　　　　　　　　　○

　『日出処の天子』のシリーズ中、屈指のシーンであり、この一言に、全巻のテーマが凝縮さ

れていると言っても過言ではない、見事なセリフになっている。

　誰でも持っている力なのに、みんな、それを見逃しているに過ぎない。それは、熟した実が

落ちるように、水が高いところから低いところへ流れるように、自然なことに過ぎない。わた

しだけが、見つめているからと言って、私は人間ではないのか！　と厩戸王子は、叫ぶ。

　超能力は使わなかったとしても、実際の聖徳太子も、当時の日本で言えば、「超人」であ

り、頭脳も抜群で、エイリアンのような存在だったに違いない。　

　その聖徳太子の「理想」と「現実」の間に揺れながら、耐えている「孤独」が、とてもよく

象徴されている。

　山岸涼子の見事なセリフだと思う。　

　（この項、了）