アフリカ的（プレ・アジア的）

　　　　　　総体的専制

　　（1）土地・財産・奴隷（全臣下）などの全所有がひとりの専制的な王に属する。

　　（2）このことは王の所有の崩壊はすべて他動的に起こりうることを意味する。

　　　いいかえれば王自身の意志なしに王は殺されたり、権力を失ったりすることが

　　　ありうる。

　　（3）全自然（動物、植物、無機物）の意識がじぶんの意識とよく区別されないた

　　　め、自然にまみれて生存している。言いかえると自然物にはみな神が宿ってい

　　　るし、自己意識はどんな自然物にも移入できるとみなされる。自然にたいし魔

　　　術をかける。

　　アジア的

　　　　　アジア的専制

　　（1）専制君主共同体にたいする貢納性。税金を物納したり、賦役、軍役強制に

　　よって、土地代償とする。

　　（2）専制共同体は、食糧生産のための灌漑、河川の整備、軍事的保護を請け負う。

　　（3）全自然（動物、植物、無機物）は宗教的な尊崇の対象となる。

　　　　　　　　○

　吉本隆明の「アジア的・アフリカ的」の分析に対して、自閉症の段階を対応させてみたい。

　一番、対応がつけやすいのは、アフリカ的（プレ・アジア的）段階の（3）だ。

　　　　　　　　○

　全自然（動物、植物、無機物）の意識がじぶんの意識とよく区別されないため、自然に

まみれて生存している。言いかえると自然物にはみな神が宿っているし、自己意識はどん

な自然物にも移入できるとみなされる。自然にたいし魔術をかける。

　　　　　　　○

　自閉症者は、容易に自然に没入することができる。ドナ・ウィリアムズ、東田直樹、等々。

そういう記述は、当事者の言葉の中からたくさん見つけることができる。

　この没入の仕方は、「アジア的段階」というよりは、「アフリカ（プレ・アジア）的段階」

に対応すると言えるように思われる。

　自閉症者は、「過剰特異性の視覚や聴覚」のために、より豊饒（過剰）に、より鮮明に自

然が美しく見えるためだ。（※確認しているわけではないが、自閉症当事者の本を読んでいる

限りでは、ほとんどの人に何らかの感覚の過敏・過剰があると思われる。それが「脳の異常」

だとは僕には思えない。むしろ、もともとの脳の感じ方（情報処理）が残存していると考える

べきではないだろうか？）

　人間は、いきなり「人間」になったわけではない。

　人間も、かつては動物だったのであり、「動物段階」の頃には、「初期の人間」にもみんな

過剰で豊穣な自然が見えていたはずだ。

　また、「自然に対し魔術をかける」ことができるのは、「感覚で考える思考」が優位である

ためだ（後述）。

　東田直樹くんの言葉を引用しておく。

　　　　　　　　○

　　僕はきれいな桜を

　　長く見続けることができません

　　それは桜の美しさが

　　わからないからではありません

　　桜を見ていると

　　何だか胸がいっぱいになってしまうのです

　　繰り返す波のように

　　心がざわざわと

　　かき乱されてしまいます

　　その理由は

　　感動しているせいなのか

　　居心地の悪さから

　　くるものなのか

　　自分でもよくわかりません

　　わかっているのは

　　僕が桜を大好きだということです

　　　　　○

　　絵の具で色を塗っている時

　　僕は色そのものになります

　　目で見ている

　　色になりきってしまうのです

　　筆で色を塗っているのに

　　画用紙の上を

　　自分が縦横無尽に

　　駆けめぐっている

　　感覚に浸ります

　　物はすべて美しさを

　　持っています

　　僕たちは　その美しさを

　　自分のことのように

　　喜ぶことができるのです

　　　　　　　○

　定型発達者は、「美しさに感動して、我を忘れる」ことができる。

　だが、自閉症者は、「美しさを自分のことのように喜び」「美しさの中に入っていくこ

とができる」のだ。宮沢賢治も、こう感じることができた人だと思う。

　これは、自分自身と自然（対象）との区別がついていないことを示している。

　僕には、初期の人類は、みんな「美しさを自分のことのように喜ぶ」ことができたのだ

と思える。

　現代の人間の方が、その能力を失ってしまったのだ。

　　　　　　　○

　また、アフリカ的段階の（1）（2）に関しては、自閉っ子には、もともと権力（抽象的思

考）という考え方自体が無いように見える。「人と争う」ということは、ほとんど見られな

い。あるのは、「一対一の関係」で、パニックになったり、ケンカになったりするだけだ。こ

れは動物でもありうることだ。

　いわば、自閉症者は、東田直樹くんに見られるように、（1）（2）の意識よりも、（3）の自

然にまみれ、自然の美しさ・豊穣さにまみれて生きている度合いが強いのではないだろうか。

　そういう意味では、自閉症の段階は、動物段階を内包しながら、「アフリカ的」でもあり、

同時に、「プレ・アフリカ的」な度合が強い、と言えるのではないだろうか。

　　　　　　　○

　浅見　…でもたしかニキさん、自分で自分のこと神様だって思ったこともあったん

　　　ですよね。

　ニキ　そうです。パンが増やせたから。

　藤家　パンが増やせたんですか？

　ニキ　今になって思えば要するに「いじめ」だったんですが、私は給食を食べきれ

　　　ない居残り組でした。いえ、今と一緒で、偏食はないんです。でも圧倒的に量

　　　が多すぎたし、どうしても遅いんですね。それで一生懸命食べてるんですが、

　　　パンが減るどころかどんどん増えるんです。

　浅見　いじめっ子たちが置いていってしまうんですね、パンを。

　ニキ　そうみたいです。でも私はいつもの通り生きていくというマニュアル作業に

　　　必死だったようで、いじめでパンを置かれていることに気づかなかったんです

　　　ね。それで、「食べても食べてもパンが増えるっていうことは私は神様なんだ

　　　ろう」って思いました。そして「神様なら水の上を渡ることができるはず」っ

　　　て思って。池の上を歩こうとしたんです。

　浅見　そうしたら？

　ニキ　そうしたら、水の中に落ちました。全身びしょぬれになって、保健室につれ

　　　ていかれて、おもらしした子のために用意していた下着を貸してもらいました。

　　　違う下着を着て帰ったら親に怒られる、とオロオロしたのを覚えています。

　　　　　　　　　　　　○

　ニキ・リンコは、いじめられていると気づかずに、給食のパンが増えているので、自分は神

だと考え、「池を歩ける」と考える。

　もしも、ニキ・リンコが、「抽象的・科学的思考」で考えていたならば、池を歩けるはずが

ない、と考えたはずだ。

　だが、そうはならない。

　ニキ・リンコは、「感覚で考える思考」で考えているからだ。考えの流れの内側に乗ってし

まえば、「池を歩けるはず」という思考は、矛盾ではなくなるのだ。

　科学的に考えるのではなく、触覚や聴覚、視覚（感覚）で考える思考法だからだ。

　抽象的・科学的思考は、自然から脱却して、自分を「外側」に起き、客観的視点から考える

思考法だ。

　ニキ・リンコの思考法は、自然にまみれ、自然と触れ合い、自然に内包され、内側から考え

ている「アフリカ的段階」の思考法と対応していると、僕には思われる。

　（この項、了）