共感覚の研究に着手してからおよそ三か月後に、私は予想外の奇妙な展開に遭遇し

　た。学部学生のスパイク・ジェイアンから、一通のｅメールが来た。「成績の評点を

　再検討してほしい」というよくある要求だろうと思いながら開いてみたところ、彼は

　数字−色の共感覚者で、私たちの研究のことを読んで知り、検査をしてほしいと思っ

　ているという内容だった。そこまではなにもおかしくはなかったが、その次に爆弾宣

　言があった。彼は色覚異常者だというのだ。色覚異常の共感覚者だって？　私の頭は

　混乱しはじめた。彼が色を体験するとしたら、それはあなたや私が体験する色と同じ

　ような色なのだろうか？

　　　　　　　　○

　　スパイクは赤緑色覚異常だった。彼が外界で体験する色はほとんどの私たちよりは

　るかに少ない。しかし奇妙なのは、実世界ではけっして見えない色がしばしば数字に

　ついて見えることだった。彼はそうした色を、チャーミングかつ適切に「火星の色」

　と呼び、「異様」で、まるっきり「非現実的」に思える色なのだと言った。それが見

　えるのは数字を見ているときだけだった。　

　　普通なら、そういう話は、頭がどうかしているのだろうとみなして無視したくなる

　かもしれない。しかしこの場合には、説明が目の前にあった。私は、脳領域間のクロ

　ス活性化に関する私の説で、この奇妙な現象をうまく説明できることに気づいたので

　ある。スパイクは錐体が欠けているが、その問題は眼のなかだけの話だ。彼の眼の網

　膜は、正常な全範囲の色の信号を脳に送ることはできないが、紡錘状回にあるV4など

　の、色の処理をする皮質領域は、まったく正常である見込みが高い。同時に彼は数字

　−色の共感覚者だ。したがって、数字の形が正常に処理されて紡錘状回にいたると、

　クロス配線のせいで、それがV4の細胞をクロス活性化させる。スパイクは、自分に欠

　けている色を実世界では一度も体験したことがなく、数字を見ているときだけ体験す

　るので、それらの色を非常に奇妙に感じるのだろう。

　　　　　　　　　○

　スパイク・ジェイアンは、赤緑の色覚異常で、共感覚者。

　数字に色がついて見えるのだが、その時には、現実では見えない色が見えて、それはまるで

「火星の色」のようだと言う。

　ラマチャンドランの考えでは、視覚から通ってくる色は、「色覚異常」なのだが、脳に入って

色を判断する領域は、色覚異常ではないはずだ。だから、共感覚で数字を見たときには、脳の色

の領域が刺激されることによって、現実には見えない「火星の色」が見える、ということにな

る。

　なかなか面白い見解だ。これは、ありえることのように思われる。

　僕は、赤緑色弱なのだが、共感覚はないので、そんな風に見えることはない。他の人が見てい

る現実世界の色彩は、僕が見えているものよりも鮮やかなんだろうなと思っている。

　だが、ひょっとしたら、と僕にも思えることがある。

　夢の中では、どうなのだろう？

　夢の中では、視覚異常は、関係していないはずだ。

　スパイクの現象がありえるのなら、僕も夢の中では、鮮やかな色彩が見えているのではないだ

ろうか？

　これを確認することはできないだろう。（睡眠中の脳を調べれば、何かわかるのかもしれない

が）

　だが、僕も、鮮やかな色彩の夢を見ることがある。

　あまりにも、色が鮮明で鮮やかで、驚いて目が覚めることがある。

　目が覚めると、色が鮮やかだった印象が残っているだけで、とうていうまく説明できない。

　そんな時は、どうなのだろうか？

　僕にも、見えない「火星の色」が見えているのかもしれない。

　（この項、了）