…私はその後、ハンフリーという名の患者に出会った。ハンフリーは湾岸戦争で片手

　を失い、その手の幻肢があった。そして、ほかの幻肢患者にもあてはまることだが、

　顔に触れられるたびに、失った手の感覚が生じた。そこまでは普通だった。しかしミ

　ラーニューロンに関するアイディアをあたためていた私は、新手の実験を試してみる

　ことにした。彼にほかの人（学生のジュリー）を見てもらいながら、ジュリーの手を

　なでたりたたいたりしたのである。彼がかなり驚いた様子で、ジュリーの手がされて

　いることを、実際に自分の幻肢に感じると叫んだとき、私たちがどれほど驚いたか想

　像してみてほしい。私の考えによれば、そのような現象が起こったのは、彼のミラー

　ニューロンが正常に活性化されたのに対し、それを打ち消す手からの無効信号がなか

　ったためである。だからハンフリーのミラーニューロンの活動性が、そのまま意識体

　験としてあらわれた。考えてもみてはしい。あなたの意識と別のだれかの意識をへだ

　てている唯一のものは、あなたの皮膚かもしれないのだ！私たちはその後、ほかの三

　人の患者にも同じ実験をおこなって同じ効果を認め、この現象に「獲得性過干渉」と

　いうあだ名をつけた。驚いたことに、一部の患者では、ほかの人がマッサージされて

　いるのを見ているだけで幻肢痛が軽減することも判明した。これは臨床に有用かもし

　れない−−幻肢をじかにマッサージすることはできないのだから。

　　　　　　　　　○

　確かに、驚異的な話だ。

　ミラーニューロンが働くために、他の人が腕にされていることを、見ているだけで「幻肢」に

も感じることが、実験的に立証されたと言う。

　ラマチャンドランによれば、それは、ミラーニューロンが活性化されているのに、それを打ち

消す「腕」からの情報が入ってこないために、ミラーニューロンの情報がリアルに感じられてい

るということだ。

　僕は、すぐに共感覚者・岩崎純一の記述を思い出した。

　　　　　　　　　○

　　女性に向かう私の性的感覚のほとんどは、「女性の性周期が色や音や匂いでわかる」

　というものだが、加えて私には、「女性の姿を見ると、本当にその女性を触ったのと

　同じ触覚を覚える」という感覚もある。例えば、「自分の手で女性の肩を触ろう」と

　頭で思ったら、本当に自分の手で女性の肩を触った感じがする。

　　あるいは、女性どうしがじゃれ合っているのを目視しただけで、片方の女性の身体

　に「乗り移ったような感覚」になって、もう片方の女性に触ったかのように感じるこ

　とがある。

　　　　　　　　○

　岩崎純一の言う「対女性共感覚」は、ラマチャンドランの「獲得性過干渉」とよく似ていると

僕には思われる。

　ラマチャンドランに質問ができるなら、質問したいところだ！

　「学生のジュリー」は、男性ですか？　女性ですか？　と！

　ラマチャンドランには、そういう問題意識がないのが残念だ。

　もちろん、岩崎純一は、「幻肢」ではない。普通の身体だから、身体からの情報は、普通に来

ているはずだ。その上でも、「対女性」に対して、触覚・嗅覚・視覚・聴覚の共感覚が働いてい

る。

　この感じ方は、依然として、僕には魅力的だ。

　昔の男性−女性（対幻想の関係）は、触覚・嗅覚・視覚・聴覚の感覚で、他者を感じ取っ

ていたのではないのか？

　僕で考えると、男性の場合、恋愛関係にある時の独特な、対女性の感覚の細胞までがひとつに

なっている（と感じる）感覚は、そこに起源があるのではないだろうか？

　（この項、了）