ここまで読むと、私たち（※胎児）は罪のない母親の体を占領しながら、ぞっと

　するほど貪欲な寄生生物から進化したような印象をもつかもしれない。たしかに気

　持ちのいいイメージではない。そこでこの悪印象を正すために、この話のもう一方

　の面を示す驚くべき実験について、ここで話させてほしい。

　　その実験とは、ある科学者が行なった緑色に輝く細胞をもつネズミを使った実験

　である。このネズミは、オワンクラゲから採取した一個の遺伝子を受精卵に注射し

　て作り出されたものだ。オワンクラゲは、光る緑色のタンパク質を生み出す。暗闇

　の海に浮かんでいると、まるでシャンデリアが輝いているように見える。この緑色

　に光るネズミをふつうのメスのネズミと交配させると、まもなくそのメスのネズミ

　は妊娠した。

　　次に科学者が行なったことは、ちょっと残酷と思われるかもしれない。十二日後、

　妊娠したネズミに心臓発作を起こさせたのだ。その後、母ネズミの心臓を調べてみ

　ると、信じられないことが発見された。母ネズミの心臓の周りに、緑色の細胞が光

　っていたのである。その細胞は、母ネズミの子宮の中で育っていた赤ちゃんネズミ

　から来たものにちがいない。それは、はっきりしていた。このことは、赤ちゃんネ

　ズミの幹細胞が胎盤から出て母ネズミの血流に入り、心臓まで到達して、拍動心筋

　細胞に変わったと考えられた。その細胞は、母ネズミの心臓発作によるダメージを

　修復する手伝いさえしていたのだった。

　　同じようなことが人間でも起きうるだろう。興味深いことに、心臓病で苦しんで

　いる女性の中で、妊娠している女性は妊娠していない女性より死亡率が低い。スペ

　インの研究者が、重い心臓病で苦しんでいた二人の女性の心臓を研究したところ、

　生まれて何年も経った息子由来の細胞を発見した。血液テストでも、母親たちが自

　分の子どものＤＮＡをもっているということが示されている。脳の中にも異質の細

　胞が隠れているのが見つかっているのだ。もしかしたら、私のお母さんの体の中に

　は、私の細胞がほんの少しだけあるかもしれない？　私の細胞の一つがお母さんの

　心臓で動いているかもしれないし、お母さんの脳の中で他の神経細胞と話している

　かもしれない？　お母さんの体にただ乗りしていたときに、私がほんのちょっとだ

　けでも役になっていたと考えることは素敵なことだ。

　　　　　　　　〇

　緑色に光る細胞を持つ子ネズミを胎内に宿している母親ネズミに、心臓発作を起こさせる。

その後、母親の心臓を調べると、心臓に緑色に光る細胞が発見されたと言う。

　胎内のネズミの細胞が、胎盤を経て、血流から心臓に入り、母親の心臓のダメージを修復し

たのかもしれない（！）。

　また、心臓病に苦しんでいる女性で、妊娠している女性は、妊娠していない女性よりも、死

亡率が低いのだと言う。胎児の細胞が胎内を出て、母親の細胞の一部として生きている可能性

があるのだ、と言う。心臓にも、脳の中にも、細胞は確認されていると言う。　

　そんなことがあるとは、まったく知らなかった。

　僕の細胞も、お袋さんの身体の中で生きているのかもしれない。　

（この項、了）