ルイーズは言った。「私はこの絵（※ムンクの叫び）を見て、その通りだと思っ

　ているの。人も景色も叫び声をあげている。離人症そのものよ。一旦始まると、全

　く平穏を得られなくなる。外の世界が奇妙に感じるばかりでなく、自分の内側も変

　になったように感じるの。今までなじんでいたものが、すべて見たこともないもの

　のように感じる。世の中の全て、自分の記憶からも隔絶されてしまう。自分がした

　ことの記憶も急に自分のものとは思えなくなる。過去が奪われるのよ。自分自身の

　核を取り去られてしまう」

　「自分の記憶が自分のものでないように感じるの？」

　「ええ。自分だと思っていたものすべてから遠ざけられてしまうの。記憶も、声も。

　えーと、これが自分の声で、これが自分の記憶とわかってはいるんだけど、離人症

　のときは自分のものだと思えない。何を話すかは自分が決めているってわかってい

　るけど、まるで映画の中にいるみたいに他人事に感じるの。私は全ての中心にたっ

　た一人でいて、現実の人は誰もいないような感じ。すべてから隔絶されていて、も

　のすごく孤独。世界でたった一人実在している人間のよう」

　　　　　　　　　　〇

　「離人症」当事者が内側から語った記述。

　自分の声、自分の記憶も、自分の者だと（頭では）わかっているのに、自分のものだとは思

えない。それは、絶えず、不安の中にいる状態だと言う。すべてから隔絶されて、孤独な、世

界でただひとり実在していると言う感覚。

　ルイーズは、現在は、自分を取り戻すことができている。

　危ない時には、子ども達が助けてくれる。

　　　　　　　　　　〇

　　ルイーズも離人症の症状で不安やうつに陥らない方法を教わっている。「そうね、

　一番悪いときは、もっと静かに対応するわ。自分に言い聞かせるの。大丈夫、これ

　は脳で起こっている過程の一つでしかないから、パニックにならないでって。おか

　しいところはない。私は私であることに変わりなくて、それが大事なんだって。今

　はそれが起こると、頭の中の論理的な部分が素早く対応している。前なら完全にパ

　ニックになっていたけど、おかげで今はならなくなった」

　　ルイーズはスツールの上で身体を伸ばし、私たちはしばらくガレージのドアを叩

　く雨の音を聴いていた。雨音が響き、鮮やかな色彩に囲まれているのに、不思議と

　静かな時間だった。

　　ルイーズは言う。「もう二度とこのことで取り乱したりしないって言ってるわけ

　じゃないの。でも今は心の準備ができているから、前みたいにひどいことにはなら

　ない気がする。今の私には武器があるから」

　　突然、小さな足音がパタパタと階段を降りてきて、半裸の幼児がよちよちと部屋

　に入ってきた。「ありがたいことに、モーガンとマーサは別なの」ルイーズは素早

　く言ってから、強調するように続けた。「離人症の患者の中には、自分の感情と全

　く切り離されている人がいると読んだことがある。私も周囲の人に無感情になるこ

　とはある。けれど子供にはなったことがないの」彼女はモーガンを見つめた。「こ

　の子たちには一度もない。二人はほんとうに私の生命を救ってくれたわ。もしこの

　子たちがいなかったら、私は離人症を乗り越えて、戻ってくることができなかった」

　　　　　　　　　〇

　ルイーズは、「離人症」だったが、現在では、苦しいときも、子ども達が助けてくれると言

う。

　子どもだけは、実感があるからだ、と。

　（※すべての離人症に共通かどうかはわからない）

　どうして、子どもだけは、例外なのだろうか。

　子ども達は、自分の胎内から生み出された存在であり、自分が確かに出産した存在だから、

ではないだろうか。

　母親にとって、ハッキリと、わが子は、＜内臓感覚＞そのものなのだ。

　ということは、逆も言いうるのではないだろうか。

　自分が世界に存在している（つながっている）という感覚は、実際には、＜内臓感覚＞

によって支えられているのだ、と。

（この項、了）