た、自身の生涯と仕事を回顧する大きなエギゼビションの会場で、ツィムシアン・ インディアンの仮面を背にしながら、二十世紀の生んだこの最大の人類学者は、対 談の最後にぼくにこう語った。 「私は自分の生き方について後悔したりすることは一度もなかったのですが、ただ ひとつ残念なことがあるとしたら、どうして自分はあの地球大航海の時代に生まれ あわせることができなかったか、ということです。私はあの時代に生まれあわせて、 船乗りとしてでもいい、商人としてでもいい、宣教師としてでもいい、とにかくあ の時代にはまだ、地球上でいきいきと誇りをもって生き抜いていた、新石器時代人 の末裔たちと、出会ってみたかった。そして、彼らとともに暮らして、狩りをし、 神話を聞き、呪術師について彼らの野性の科学を学び、踊りたかった。私はそこで、 いまではどんな記録にも残されることなく消え去ってしまった、たくさんの事実を 発見したことでしょう。いまとなってはもう遅すぎるのですが、そこにはまだ、人 間というものの可能性を開く、たくさんの鍵がさりげなく放置されてあったはずな のですよ。私たち人類は、その多くの可能性を閉ざすことによって、いまあるこの 世界をつくりだしてきました。そして、いまや人類は、この地球惑星を捨てて、外 宇宙空間にまで飛び立っていこうとしています。しかし、そんな外惑星上で、人類 はいったい本質的な新しさをもった何かと、出会うことなどを期待することができ るのでしょうか。私には、そうは思えません。人間のなかにこそ、地球と宇宙の謎 を開く鍵が埋蔵されているのです。その鍵のほとんどは、すでに失われてしまった。 だから、私は、自分が大航海時代に生まれあわせていたら、としきりに思うのです よ」 〇 「現代の人間は、商品にせよ、技術製品にせよ、芸術にせよ、つくるに値しないよ うなつまらないものばかりつくりだし、それを消費するだけの生物になってしまっ ている」。 〇 レヴィ・ストロースは、中沢新一に、自分の人生に後悔があるとしたら、どうして大航海時 代に生まれなかったのか、ということだと語ったと言う。 レヴィ・ストロースらしいと思う。 それでは、僕は、どうなのだろうか？ 「いまや人類は、この地球惑星を捨てて、外宇宙空間にまで飛び立っていこうとしてい ます。しかし、そんな外惑星上で、人類はいったい本質的な新しさをもった何かと、出会 うことなどを期待することができるのでしょうか。私には、そうは思えません。人間のな かにこそ、地球と宇宙の謎を開く鍵が埋蔵されているのです。」 僕は、こう思っている。 僕の＜未知＞も、宇宙の航海には、ない。 僕の＜未知＞は、＜いま＞＜ここ＞にある。 他のどこにもない。 自閉症を深く遡ることは、人間の奥深くまで遡ることだ。 自閉症を深く遡ることは、人間の関係の初源を、奥深くまで遡ることだ。 きっと、そこに、僕の＜未知＞は眠っている。 レヴィ・ストロースや、ミシェル・フーコーが、もしも自閉症の内包する奥の深さを知って いたら、きっとわかったにちがいないと思っている。 かつては持っていたのに、現代の人間が失ってしまったものを、より多く保存しながら、現 代社会の中で衰弱しながらも生きている人たちの中に、＜未知＞を見出したにちがいない。 （この項、了） |