…母親は存在する乳房をもっている，だから，赤ん坊と母親が幼児の未熟な心の中

　でまだ分離しきってない時も，赤ん坊は存在することができるのである。または，

　母親がこのような貢献ができなければ，赤ん坊は存在する能力を欠いたまま，ない

　しは不足したまま発達しなければならなくなる。

　（臨床的には，能動的な乳房との同一性をもたざるをえない，赤ん坊の症例を扱う

　必要がある。その乳房は男性的要素的な乳房であるので，行う乳房でなく存在する

　乳房を必要とする，最初の同一性を満足させられない。…

　　　　　　　　　　〇

　　母親は，初めのうち幼児の欲求にほぼ１００％適応することで，母親の乳房は幼

　児の一部だという幻想をもつ機会を幼児に与える。その乳房は，いわば幼児の魔術

　的統制下にある。同様のことは育児全般について，興奮状態の合い間の穏やかな時

　間の育児についてもいえる。全能感というのは実際の体験に近いものなのである。

　母親の最終的な課題は，幼児を徐々に幻滅させていくことであるが，初めに幻想を

　もたせる機会を十分に与えていなかったなら，その成功の望みはない。

　　換言すれば，乳房は幼児がその愛する能力から，または（こうもいえるが）欲求

　から何回も繰り返し創り出すものなのである。幼児の中では，私たちが母親の乳房

　と呼んでいるものは，主観的現象として発達する。母親は実際の乳房を，幼児が創

　り出そうとするちょうどその場所に，その瞬間に据えるのである。

　　　　　　　　　　〇

　母親が、幼児の欲求に１００％適応することで、幼児は、乳房は自分の一部だという幻想を

持つことができる。

　「幻想を持つ」ことで、魔法のような全能感を持つことができる。

　幼児にとって、「乳房」は二重性を持っている。実際の乳房であり、同時に、「魔法の乳

房」である。

　幼児が、最初の段階で、たっぷり全能感を持つことで、やがて「幻滅」を覚えていくことが

できるようになる。

　乳房は、生まれ落ちた世界で、赤ん坊が出会う、＜最初の同一性＞なのだ。

　母親（乳房）と全能感にいる幼児は、＜ふたりでいてもひとりでいられる＞＜ひとりでい

てもふたりでいられる＞状態の起源になっている、と思う。

　「乳房」は、ウィニコットの概念で言えば、「あること」（＝存在する乳房）と「するこ

と」（＝行動する乳房）に対応している。

（この項、了）