ひじょうに具体的にいいますと、たとえば進行性筋萎縮症という病気があります。

　ある一二、三歳の少年ですが、この病気にかかってだんだん体がきかなくなってき

　ました。もちろん寝たきりです。あと何年かで呼吸もできなくなって死んでしまう

　わけです。先が見えている。その子の生きている最後の楽しみはマスターベーショ

　ンでした。こんな話をしてすみません。それにしても、年寄りとか病人を見ている

　と、マスターベーションというのは人間に残された神さまの最後の何かかもしれな

　いと思うことがあります。いよいよ手がきかなくなって、それもできなくなりまし

　た。そのとき、看護婦さんに触ってほしいとせがむというわけです。このときナー

　スはそこまでやってあげるべきか、やってあげなくてもいいかという話なんです。

　　この話が今度は老人介護の問題につながったわけです。お年寄りの場合にも、ひ

　じょうに似たことが起こりうるわけです。少年の話として聞くと、あまりいやらし

　さはないですけれど。

　　ナースが同情してそれを受け容れるかどうかは、やはり完全に二派に分かれまし

　たね。ナースという神聖な職業、ナイチンゲール先生を頭に思い浮かべれば、絶対

　にしてはいけないと、もしそれを要求する人がいれば、それは一種のセクハラであ

　ると。だから断固拒否すべきだという人と、いいじゃないか、それは最後のそれこ

　そいちばん心のケアの重要な部分なんだから、世話してあげなさいよ、別にどうっ

　てことないじゃないかというやわらかいものと。これは年代とか、それぞれのナー

　スの個人差があって、結局そのときは、この問題は個人個人の気持ちに委ねましょ

　うということになったんですが、病棟管理からいうと、個人個人の気持ちに委ねる

　というのは、ひじょうにまずいことなんですね。秩序が混乱しますから。

　　　　　　　　○

　「年寄りとか病人を見ていると、マスターベーションというのは人間に残された神さま

の最後の何かかもしれないと思うことがあります。」

　というのは、なるほどな、と考えさせられる。

　僕も、筋ジスの子たちも見てきた（※こういう問題には遭遇しなかったが）ので、気持ちは

よくわかる。彼らが住んでいるのは、去年までは走れていたのに、今は車イスになってしまっ

た、去年までは腕がここまで上がっていたのに、今年はもうそこまで上がらない、という世界

だ。僕が、そんな世界に入ったら、とても動揺してしまうに違いない。マスターベーション

は、確かに「最後の楽しみ」になる可能性がある。

　やがて、それもできなくなったら、どうなるのか？

　僕だったら、どうするのか。

　　　　　　　　○

　もうひとつ、ついでに書き留めておきたいことがある。

　あるおじいさんが、「バイアグラ」を買って、歳をとっても性器を勃起させたいと考えた。

結局、副作用で、体調を崩してしまったらしい。

　普通に考えれば、「いい歳をして恥ずかしい」と顰蹙を買うことだろう。

　だが、これも老人の内面から考えれば、どうだろう？

　そのおじいさんにとっては、とても「切実な問題」だったことだろう。

　そう単純には割り切れないことだと思う。

　障害・老人・性の問題は難しい。

　僕は、どう考えるのか？　

　「正解」が、どこかにあるのだろうか？

　僕にはわからない。

　揺れながら考えている、と言う他はない。

　さしあたり、書き留めておく。

　（この項、了）