「彼はビールを好きでした？」わたしは訊いた。

　　ティムの姉たちがうなずいた。そこで、ティムの兄が言いそえた。「それほど飲

　みはしなかったが」そこでその話は終わりだった。本当はティムはビールがとても

　好きだったのだが、それを隠そうとしている、わたしはそう直感した。

　　わたしが手術直後にどうしてもビールが飲みたくなった話をすると、あちこちで

　苦笑する顔が見えた。

　「それじゃ、十六輪車を運転したくなったことは？」ジョージィがにやっと笑いな

　がら言った。「ティムはああいう大型トラックをすごく運転したがってたわ」

　「いいえ」わたしは答えた。「少なくとも、まだ今のところはね」どっと笑い声が

　あがった。

　「あの子はトラック運転手になりたがっていたんだ」父親のカールが言った。

　　ティムの家族とこうして一緒にいるというだけでも夢のような気がして、わたし

　はうっかり肝心の質問を忘れてしまうところだった。ティムが風邪を引くことがあ

　ったか、その場合に回復は早かったかという質問だ。

　「あの子はほとんど病気になんかならなかったわ」誰かが言った。「病気になった

　としても、あっという間に治ってたわね」

　　その答えを疑う気にはならなかった。きっとわたしは彼の回復力まで受け継いだ

　のだ。

　　次に、ティムがピーマンを好きだったかと訊いてみた。

　「嘘でしょ？　あの子、ピーマンが大好物だったのよ」姉のひとりが言った。「よ

　くソーセージと一緒にフライにしてたわ」

　　そこでわたしは、移植手術を受けるまではピーマンが嫌いだったのに、手術後は

　どんな料理にでもピーマンを使うようになったことを話した。

　「でも、あの子の一番の好物は、なんといってもチキンナゲットだったわ」アニー

　が言った。

　「まさか、そんな！」

　「どうかしたの、クレア」

　「すっかり忘れて誰にも言ってなかったけど、手術後、ようやく車の運転が許され

　たときに、わたしが直行したのはケンタッキー・フライドチキンだったの。どうし

　てもチキンナゲットが食べたくなって。それまで一度も食べたことがなかったのに」

　　みんなが一斉に笑った。ティムが事故を起こした直後、彼のジャケットの下から

　チキンナゲットの容器を引っ張りださなければならなかったと、ジョンが言った。

　ティムは死ぬときにチキンナゲットをもっていたのだ。

　　　　　　　　　○

　難病におかされ生命の危機にあったクレアは、まったく未知の交通事故で死んだ青年の「心

配同時移植手術」を受けて、甦った。

　甦った後から、味覚が変わり、好きな食べ物も変わってしまった。

　調べた結果、「心肺」を受け継いだ青年は、ティムという名前だった。

　何故か、クレアには、自分の心臓は、「ティム」という名前の青年のものだということがわ

かっていた。

　生還してからは、ビールが好きになり、ピーマンが好きになり、ケンタッキーのチキンナゲ

ットが好きになったが、それらはティムの好物だった。

　これらは、偶然の一致に過ぎないのか。

　だが、クレアの内臓感覚にとっては、真実としか言いようのない実感なのだ。

　このような現象が起こりうるのは、どういうことなのか。

　少なくとも、心臓は、人間の身体の「血液ポンプ」ではない。

　その個人個人の歴史が詰まり、その時々の感情に応じて、鼓動を変えて動いてきた「生命の

ポンプ」だ。その「動き」を、心臓は「覚えて」いるのかもしれない。

（この項、了）