…目眩が止まらず、頭がくらくらした私は、中央の長い水路に沿って置かれたベン

　チに座り、目を閉じて両手で頭を押さえた。リリーが私を心配して言葉をかけてき

　ても、私は答えず、そのまま動かずにいた。閉じた目に、《タージマハル》が輝い

　ているのが見え、そこに私がいるのが見えた。円屋根に向かって砂利を踏みしめな

　がら歩き、金の小さなネックレスをつけ、手は男性の手を握っていた。私には男性

　の手と結婚指輪しか見えず、彼の温かさを感じ、彼の指の力に引っぱられていた。

　私はとても幸せで、霊廟に近づくにつれてもっと幸せになった。その場に人はあま

　りおらず、気候は涼しいほどだった。それからもっと遠く、《タージマハル》の正

　面で、私たちは大理石に彫り込まれた華奢な鳥の上に手を重ねていた。霊廟の内部

　には入らず、建物の周囲を回って、薄緑色の穏やかな川に沿って歩き、それから正

　面に戻って一緒に内部に入っていった。

　「シャルロット？　シャルロット！」

　　リリーが優しく私の肩を揺すっていた。私は目を開け、のろい動作でこのまま考

　えさせておいてと頼んだ。内なるイメージがいとおしく、できればこのいとおしさ

　を心に留め、ずっと浸っていたかった。

　　　　　　　　○

　「行きましょ、何でもないの。もう大丈夫、歩きましょ」

　「そうよね、感動したのよね。いろいろなことを考えちゃったのよね」

　「そうなの。でも、もう大丈夫だから行こう、近くへ行きましょう、近づくともっ

　ときれいよ。正面には花や鳥の飾り彫りがあって、そして後ろには緑の静かな川が

　流れているわ」

　　リリーは小声で私に質問しながらついてきた。「なぜあなたはそれを全部知って

　いるの？」。でも、答える必要はなかった。

　　霊廟の正面の一段高くなった広場で、私はリリーに繊細な彫り物を見せた。睡蓮

　やバラなどの花々と、足の長い細い鳥。「これ、とてもきれいでしょ？」。私は夢

　で見た鳥と似ている鳥を指差して言った。青鷺の一種で、水辺で生活し、長い嘴で

　魚をついばむ鳥。私はこの鳥にまた会えて嬉しく、触って、撫でた。心臓がどきど

　きした。私たちは建物の周囲をゆっくり歩き、足元のはるか下に大きな川が見えた

　とき、リリーが叫んだ。「不思議。正面から川は見えなかったのに。ガイドブック

　にも載っていなかったのに！」。　

　　　　　　　　　○

　シャルロット・ヴァランドレイは、初めてインドへ行き、「タージマハル」を見るが、一度

来たことがあるような感覚。「デジャ・ヴ」を体験する。そして、正面からは見えない隠れて

いる裏側に川が流れていると確信する。行ってみたら、本当に川が流れていた。

　ヴァランドレイは、移植した心臓のドナーが、かつて見た映像を自分は今見ているのだ

と直感している。ドナーの確定をすることは、法律上できないことになっているのだが、ヴァ

ランドレイ探し当てたドナーと思われる女性は、確かに、交通事故に遭い、その以前にはイン

ドのタージ・マハルに、恋人と一緒に旅行していた。

　ヴァランドレイは、いわゆる「デジャ・ヴ」を見たのか、ドナーの心臓の記憶を見たのか。

　このことについて、僕には何も確定的なことを言うことはできないが、ヴァランドレイは内

側からの直感で、確信している。

　書き留めておく価値はあると感じられた。

　（この項、了）