熊谷　…私は脳性まひという障害を生まれつき持っています。脳性まひというのは、

　体がいつも強張って緊張が入っている状態で、肩こりとかもいつもひどかったりし

　ます。脳性まひにはよくあることなのですが、三年ほど前に、ずっと緊張をしてい

　ることで背骨が歪んできてしまいました。頸椎症と言うのですが、首の神経の出口

　の骨が変形してしまって、痛みが出てしまったのです。それまでも痛み経験はあり

　ましたが、そのときにちょっとびっくりするような痛みを経験しまして、ある朝起

　きたら左手に電気がビリビリと走るような感じでした。痛いというより怖いという

　感じで、私自身が医者をやっているのにドクター・ショッピングをしまして（笑）、

　今何が起きているのかということを、いろいろな医者に聞きました。しかしその痛

　みは一ケ月ぐらいひかず、逆にどんどん痛くなる。今思うと、腕は切断されていな

　いけれども首のところで神経が途切れてしまっているので、幻肢痛と同じことが起

　きていたのかもしれません。幻肢痛とは腕が切断された患者が、ないはずの腕が痛

　いと感じることです。

　鷲田　幻影肢とも言いますね。

　熊谷　はい。ただ、必ずしも腕が切断されていなくても、腕に行く神経が首のとこ

　ろで情報を止められてしまうと、幻肢痛と同じことが起きると言われています。そ

　れで痛みを感じていたのだということが、今思うとわかるのですが、その最中では

　何がなんだかわからず、ただものすごく痛いという経験をしました。

　　みなさんも腰痛などをお持ちだったらおわかりになると思うのですが、痛みとい

　うのは幻肢痛と同じようなメカニズムで起きることもあるようです。そういう場合

　は、首を調べても「もう治っている」と言われてしまう。痛みの幻影というか、痛

　みの亡霊みたいなものなのですが、本人からすると過去のものになっていない。ま

　さに今痛いという感じで体験されるわけです。

　　　　　　　　○

　脳性まひの「痛み」と、「幻肢痛」とが結びついて考えられるとは、思っていなかった。

　だが、熊谷晋一郎の考えは、相当興味深いのではないだろうか。

　「幻肢痛」は、たとえば「腕」を失うと、失ったはずの腕に痛みを感じる、というものだ。

だから僕は、「腕」があるのならば、「幻肢痛」は発生しないのだと思っていた。

　熊谷晋一郎によれば、脳性まひの「痛み」の中には、「四肢」はあるのに、「幻肢痛」が発

生する場合があると言う。それは、「原因」の発見されない「痛み」であり、過去の「痛み」

の記憶が、あたかも＜現在＞の痛みであるかのように発現したものだ。

　「幻肢痛」は、大変特殊なケースだと思っていたのだが、熊谷晋一郎のように考えると、

「幻肢痛」と、「脳性まひ」と、僕たちが日常感じている腰痛や首痛などの、原因不明の「痛

み」とは、同じものだということになる。

　（この項、了）